「わぁ、いただきまーす!」
目の前には、白いお皿にたっぷり盛られたパスタと、焼きたてのバゲット。それに、サラダ。おいしそう。テーブルでは、父がウイスキーを片手にラジオから流れてくるトーク番組に聞き入っている。
私が子どもの頃、土曜の黄昏時はたいていこうして始まった。食事をしながらしみじみとお酒を飲む父を眺めて、「私も、大人になったら、こんなふうにお酒を飲むのかなぁ…」と、ワクワク想像していたものだった。それがただの妄想にすぎないことなんて、その時は知る由もなかった。
◎ ◎
時は流れて20歳のある日。それは突然やってきた。
「一杯飲まない?」
家族で揃ってレストランに行った夜のこと。ジューシーなステーキをたらふく食べてお腹がふくれた後、何か飲もうという流れになった。初めてだった私は、家族に勧められてサングリアを飲むことにした。
「どうぞ」
運ばれたきたジョッキには、桃、パイナップル、さくらんぼ…色とりどりのフルーツが浮かんでいる。かわいらしい見た目に、ひと安心。そして、恐る恐る口をつけてみる。初めましての、アルコールの香り。
ごくん。一口飲むと、それは、シュワっと口の中で弾けて、瞬く間に広がった。炭酸だった。
うむ。これは、私の苦手な飲み物だ。そう確信し、申し訳なかったが、そのままお店を後にした。それ以来、お酒は私にとって、少し距離を置きたい相手になった。
そうは言っても、生きていると、時には苦手な相手ともうまくやる必要がある。それは、人間もお酒も同じだ。
◎ ◎
サングリアの一件から2年後。22歳になった私は、大学卒業のお祝いをしてもらった。その日も家族4人でテーブルを囲み、ワイワイ食べた。食事が進み、盛り上がってきた頃。
「今日は、飲んでみる?」
父が、私の目の前にスッとグラスを差し出した。ロゼだ。
「いや、飲めないし、やめとこうかな」と、言おうとしたその時、ほんのりとしたピンク色に誘われた気がした。私は、迷った。あれ以来、お酒と言われても気が進まない。
「ねぇねぇ、やめようよ」
天使が、無理しないことを勧めてくれている。しかし、せっかく祝ってもらっているのに、ぶっきらぼうに断るだけなのは、場がしらけそうで嫌だ。それに、怖いけれど、何だか、おいしそうで、きれいだという興味もある。心が、揺れた。
「いっちゃえ」
せめぎ合いの末、悪魔が舌を出した。そして、まともに飲んだこともないくせに、一気にグラスを空けたのだった。
そこからが、地獄だった。身体に力が入らない。頭がぼーっとしていて、だるい。そんな状態でお風呂に入ったものだから、さらに血管が広がって、上がる頃には、ぐったりしてしまった。大好きな時間がつらいなんて、こんなにショックなことはない。お酒に酔うのは、人からの話に聞くほどいい気分ではなかった。
「飲まなきゃよかった…」
後悔した。こういうのを、お酒に飲まれると言うのだろう。身にしみた。
◎ ◎
私にとって、お酒は、人間で言うところの、一生わかり合えない相手なのかもしれない。そんな相手と一緒にいて嫌な気分になるよりはいいと、無理に飲まないことにした。
それからは、飲み会に誘われると、ひたすらウーロン茶で時を過ごしている。
「飲めないんです」と、正直に言うようになった。自分の身体と心をいたわることを覚えて、ひとつ大人になった。
今では、家で飲むお茶が大好きだ。緑茶、麦茶、カモミールティー。最近のお気に入りは、何と言ってもほうじ茶。 朝、食事の後の温かい一服は、欠かせない。忙しくなりそうな日でも、つかの間ホッとできる。戦いの前の、私の癒しだ。