キッチンの下。扉を開いたそこにはフライパンとか大き目の調味料とかそういうのが細々と入っている。かといって一人暮らしで食に興味のない私のそこには妙に隙間があって生活感のなかった。しかし今はそこに、桃缶が追加された。

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あれは確か、コロナが2類から5類に変わるかもしれないなんて話題になっていた頃だったと思う。強い喉の痛みから始まり、40度近くの発熱、検査キットを2回試してエラーが出たときに「感染症かもしれないから外に出ることはやめよう」と思った。発熱外来に行けるほどの体力もなくベッドから動けなくなっていたからだ。

ただそう思ったはいいが、食に興味がない一人暮らしの部屋に食べられるものはなかった。ベッドの上で保冷剤をタオルで巻いた簡易的な熱さまシートを頭にのせてぼーっと考えた。1日くらい食べられなくてもどうにかなるだろう。けどきっと2日目はお腹がすいてしかたがないはずだ。しかし喉は痛い。常用食が食べられるとは限らないな。というか、結局外には出られないし。などと、ぐるぐるとめぐる思考は私の頭の熱をあげてしまったのか、そのままシャットアウトして眠っていた。

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私が次に目を覚ましたのは、インターフォンの音が聞こえたときだった。こんなときに宅配かよと、大変失礼だが毒を吐きつつ画面をみると、そこには何故か友人が立っていた。何事かと思い、画面越しに会話をする。

「どうした?」
「いや、こっちのセリフだよ」
「なにが」
「熱あるってきいて、」
「あ、えSNSの?」
「そう、てきとーに色々買ってきたから」
「え、」
「買い物いけないと思って。それだけ、置いとくから。じゃあね。お大事に

矢継ぎ早にそういった彼女はドラッグストアの袋を掲げて置き、手を振って帰っていった。確かに、私が眠りに落ちる前「40度の熱があるので今月会う予定の方はごめんね」といった記憶がある。SNSを確認すると確かにそうあった。加えてそこに先程の友人から「てきとーに何か持っていくね」という返信もあった。私はすでに帰っていった友人の後ろ姿に両手を合わせながら拝む。

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少し眠ったことでなんとか動けるようになった体を動かし、玄関までいき袋を取るとずっしりと重たかった。彼女の優しさの重さだ。やっぱり「ありがとう」と帰ってしまった彼女のことを思いながらその袋を家に向かいいれた。

袋の中身をちらりとみると、ゼリー飲料やら熱さまシートなど入っておりしっかりと病気と向き合うことができそうだと思った。

その中でも、私が気になったのは「桃缶……?」
袋を一層重くしていたのはこれのようだった。白桃と黄桃のそれぞれ1缶ずつ入っているそれは、病気と結びつかなかった。ただ、なんとなく見ていると食欲がわいてきたので、あけて、一口食べてみる。するとどうだろう。あんなに喉の痛みがあったのに、心地よく食べることができた。正直感動した。ああ、そうか。有事の際には桃缶なのか。

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ということで、私は症状が改善し、待機期間を終えたあとに最初にしたのは桃缶のまとめ買いだ。おかゆでも、ゼリー飲料でもなく、桃缶。いや、なんだっていいのだけれど、私の場合は桃缶。それは喉を優しく労わってくれたことと同時に、友人が重いのに懸命にもってきてくれたから。そして少し重たいそれを家に持って、寂しかったキッチン下に置いていく。

これで有事の際にはこいつがいる。その頼もしさがあった。

コロナが私を変えたこと。それは風邪をひいたときのことを考えるようになったこと。そしてそのための準備をしているということ。一人暮らしの難しさと同時に、いろんなことを気づかせてくれた友人の心遣いに、めいっぱいの感謝をして。