コロナ禍により環境や生活リズムなどが大きく変わっていった。
仕事が無くなった、「感染するのが怖い」からと家に引きこもってしまうなどネガティブな変化もあれば、リモートワークにより出勤のストレスが無くなったことや、運動する習慣ができたなどポジティブな変化もあった。
もちろん私もコロナ禍でポジティブ/ネガティブ問わずあらゆることが変わった。

特に不測の事態に対する姿勢が変わってきたと実感する。今後もこのようなことが起こりえると思い、備忘録として残す。

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私は以前医療・福祉関係の仕事をしていた。当時患者様と直接お話する機会は少なかったが、命を取り扱う仕事であるため常に緊張感と責任感はあった。また6K(きつい、汚い、危険、給料が安い、帰れない、厳しい)の言葉があるように、心も体もハードな仕事だった。それでもこの職種を目指した頃から持ち続けていた「縁の下の力持ちとして、支援したい」気持ちと、時々の患者様や医師、関係者からの「ありがとう」のおかげで仕事を続けていた。

2020年、コロナウイルス感染症により状況が変わった。
ご存じの通り、医療現場は「戦場」となった。途絶えることのないPCR検査と新規感染者数。防護服姿でケアをする医師や、看護師の姿。当時勤めていた現場でもコロナウイルス感染症に関する依頼が来ると、全員の顔がこわばった。自分たち以上に不安や緊迫感をもって治療をしている医療従事者の姿を思うと、今も頭があがらない。

……収束も、姿も見えない敵との戦いが始まった。

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しかし人は長期間集中することが難しい生き物だと再認識した。
当初は皆が感染しないようにあらゆる対策に取り組んでいたが次第に制限に苦痛を感じたのか、感染者数ピーク時に大人数でパーティーなど高リスクと言われていた行動をする人が増えていった。子どもたちが黙って給食を食べている傍らで……。
それだけでなく、医療従事者を見る目も少しずつ変わっていったように思えた。当初は奮闘する医療従事者たちをSNSなどで応援する方が多かったが、長引く戦いからか次第に応援する人の声が少なくなっているように思えた。

それどころが、「○○病院の対応が遅すぎる、コロナでこっちはやばいのに○○医師はダメだ!」という批判や、「病院待合室でPCR検査待ちしていた親子が、急に受付や看護師を怒鳴りつけていた」などの目撃情報を見かけることも増えていった。

確かに自分や愛する人たちが窮地に遭った場合、焦って何とか最善策を見つけたいと願う気持ちも非常に分かる。
しかし、その時点でどうにもできないもどかしさやイラつきを負い目のない人たちにぶつけてもよいのだろうか?

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私はこの事実を知った時、強い怒りと「人は愚かだ」というのが素直な感想だった。
しかしこの時は自分が医療関係者の立場で見ていたが、もし自分が患者の立場だったら同じ行動はしないと自信を持って言えるだろうか?

これまでの自分を振り返ったが、不測の事態に冷静に対処できたことが少なかった。

そのような状態で罵倒する人たちに怒っている自分が恥ずかしくなった。

「緊迫した状況でも冷静な判断をとることの重要性」が今の自分たちには必要だと自覚した。自分が窮地となったときに、罪のない人たちを衝動で傷つけないために私たちはコロナ禍の経験を基に、不測の事態に対する姿勢や人に感謝することの重要性を今こそ見直すべきではないか。

しかし誤った行動をしないためには意識だけでは成り立たない。先人からの知識や自身の経験を蓄える必要があるとも考えて、少しずつではあるが大企業の創設者の自伝やメンタル関連の書籍を読み自分の意識に落とし込むように今も取り組んでいる。

「歴史は繰り返される」という言葉があるように、再び緊迫した状況で人が人に当たることが起こるだろう。しかし人は学ぶ生き物だ。同様の事態の時どのような姿勢でいるべきかを今こそ考えてほしい、と願う。