私の中で、幼い頃のわるいものツートップは、音楽と酒だった。

音楽については今は書かないが、なんにせよ主な理由は、父親だったと思う。
父は、昼間は明るくふざけているキャラクターなのに、酒が入ると人が変わった様に荒れていた。

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深夜、玄関ドアが閉まる音で家が揺れる。
父が帰ってきた。
寝室から起きてきた母親に怒鳴り散らし、食卓を蹴り上げる。
大きな音がする。
そういえば、私のマグカップ机に置いたままだった。落ちたらいやだなー。
カップの安否を布団の中から静かに案ずる。

母親はこんな時も冷静なので「近所迷惑だからッ! シーッ」と顰めた声が火に油ならぬガソリンを注ぎ、さらに父の怒りのボルテージを上げていた。

一人っ子だった私が兄弟を願ったのは、決まってこういう時の布団の中だった。
年下でも年上でも、男の子でも女の子でもいいから一緒に手を握って眠りたかった。

そして大体、朝になると父の酔いが醒め、母への謝罪が始まるのだった。

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随分脱線したが、そんなこんなで酔っ払いはきらいというか、穏やかだったものが一転するホラービデオのような、怖さを持った存在だったのだ。

しかし私は大学に入り、興味を持ち始めていた音楽にのめり込んだ。
そして、なぜか酒にものめり込んだ。血だと思った。

自分の歴史の中でわるものツートップだったはずの音楽と酒が、気付けば随分と息苦しい距離感のお友達になっていた。

私はどんどん明るくなるタイプの酔っ払いだが、何度友人に平謝りしたかわからない。
それから少しずつ父を解っていったような気がした。
家でひとつも誰かや何かの悪口を言わなかった父は、きっと外でもずっとにこにこしていたのだろう。
悲しいことも後ろめたさも怒りというかたちで表しがちだった不器用な父の、昇華する先だったのだと思う。

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酒は目的であり手段なのである。と、昔何かで読んだような気がするが、本当にその通りだと思う。

酔いの状態がもたらす万能感は最高なのである。

酒を飲むと、数々のしがらみやフクザツなものたちは途端にベールで覆い隠され、シンプルに大事なことだけが頭に残る。ような気がする。

さらっと、しかし切実に伝えたいことがある。
冗談に混ぜて聞きたいことがある。
いままで気まずかったけれど、あの話がしたい。

子どもの頃は当然シラフでやれていた人と人とのイロイロが、酒の力無しにはできなくなっていく。
酒が得意でない人の目に、私はどう映るのだろうか。
誠実さや勇気という場所からは遠く離れてしまった気がする。
気持ちに嘘はないので、どうか生暖かい目で見てほしい。

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酒を飲んで放つ言葉に力は無いとだれかが言った。
飲んでいる間に見るものも聞くものも、本当は全部まぼろしなのかもしれない。
でも、それでもいいんだ。明日の朝にはまた元どおり。
やさしいところや勝手なところ、楽しかったことや悲しかったこと、あなたのほんの一部が垣間見える気がした。こちらもきっと見られている。

私は明日も仕事の帰り、きっと近所の河原に寝転がって、星を見ながらワンカップを開ける。
頭はぼんやりしているのに、見ているものの解像度がくっきりと上がったような気がする。
なぜだか分からないけど、その瞬間は生きてて良かったと思うのだ。