紺色に、水彩画で描かれたような朱色と黄色の花が散っているサマードレス。
大好きだった人とのディナーでは、特別感を演出してくれた。
親友との海外旅行では、浜辺に色を足してくれた。
そんなドレスとのお別れをずっとためらっていた。

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出会いは8年前の初売りセールだった。
今シーズンにまだ着れるお手頃な服を必死にかき分けていると、堂々とハンガーに吊るされた紺色のドレスが目に入った。
まだまだ季節的に着れないし、しかもセール品じゃないし、あ、ファストファッションのわりにお値段も結構する。
そんな懸念は0.001秒で吹っ飛んで手に取った。可愛すぎる。一目惚れ。
自宅へつれて帰った。

それ以来、年に数回しか着る機会がないのにずっと大事にしてきた。
年をとっても、あまりにそのサマードレスは完璧で、変わらない魅力がある。
細身のために背筋を伸ばしていないとお腹が悲惨なことになっても、大きく空いた背中のためにブラジャーを着けることができなくても、私の20代の大切な場面で登場した大好きなドレス。

当時関係のあった彼とのディナー。
仕事中は羽織ものをして背中を隠しつつ、退勤後にさっと脱いで自分の気持ちを盛り上げた。
「お洒落をしてくれたんだね」と嬉しそうな彼の顔を今でも覚えている。

親友と行ったニューカレドニア。
キラキラした海辺を背景に明るい花々が映えて、モデル気取りでたくさん写真を撮った。
開いた背中から見える水着の日焼け痕が、その夏の思い出を自慢げに示してくれた。

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しかし衣服は消費物。いつかはお別れがくる。
このドレスも2年前に足のスリットより修復不可能なまでに破れが広がってしまった。
着る頻度を抑えてもそれは無駄な抵抗。決して破れた生地が再び一枚になることはない。
これも寿命と考えてよいのだろうけど、どうしてもそのままお別れをすることができなかった。
せめてでもと、最期に1回着てから処分しようと考えたが、その最期をなかなか決められない。
そんなこんなで去年は1度も着ることができなかった。

こんなに別れが惜しい服は初めてだと思う。
叶うことなら30代の私の側にいてほしい。
でも、もう手放さないと、破れのことばかりに意識が向かってしまい、今までのように純粋に着ることはできないのだろう。

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8年目を迎えたこの春。
衣替えのタイミングで、あのドレスがクローゼットの奥から前に並んだ。
着られずにハンガーにかかったままのそのドレスに申し訳なくなった。
そこで決心した。
この晩夏の彼の誕生日を祝うときに着ようと。
そしてその機会がついに目の前に迫っている。

今までたくさん私の思い出に華を添えてくれた大好きなドレス。
当時の彼とさようならをした後は、そのドレスを見ることも辛かった。
同時に、いつかまた素敵な思い出の一部になってくれるんだと力を貸してくれた。
感謝をしながら、今の私の大好きな人との思い出の中でこれからも花を咲かせてほしい。
思い出の中ではその花は枯れないから。