連日35℃を超えるような狂おしいほどの猛暑のなか、同居人と2人で日帰り旅行に出かけたことがある。
肌を焦がす太陽から逃げるように電車に乗り込むと、今度はそんな人間たちの体温を一気に奪い取る容赦ない冷風。2人で肌を寄せ合いながら向かった先は、隣県の観光地だった。
我が県と隣県の県境に位置するそこは、さほど遠い場所ではないものの、初めて踏み入れた土地ということもあり、私たちは大盛り上がりだった。そのはしゃぎようは、さながら夢の国。
いつもより少しお高いランチを食べて、観光名所を覗いて、自分たち用にお土産もどっさり買い込んで。観光を満喫するごとに重くなる胃袋と荷物、そして身体は徐々に無視できないものとなり、最終的にそれらを互いに支え合うようにしながら、私たちは命からがら帰宅した。
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私はどこか旅行に出かけるたびに、”痛感”することがある。旅行を終えて帰宅してからはもちろん、楽しい旅行の真っ最中にも。そのことは度々脳裏をよぎり、心をざわつかせる。そしてそのうち、独りで不安を抱えていられなくなった私が、同行者にいつも言うこと。それは……
「もう少し体力つけたくない?」。
私と同じくらいくたばっている同行者に、不安のおすそ分けです。
フルマラソンを完走できるほどのスタミナや、全身に美しく配置された筋肉が欲しくないと言ったら嘘になるけれど、それよりも私は旅行や日常を楽しみきれるくらいの体力と筋力が欲しい。
例えば、朝から晩まで夢の国で過ごした後、その幸せな気持ちのまま帰宅できるくらいの。ライブハウスで2時間、飛び跳ねて拳を突き上げていても、明日に大して響かないくらいの。仕事の後友人と飲み歩いて一晩中語らい合えるくらいの。旅先で心の赴くままに遊んでも、命の危機に瀕さずその旅を終えられるくらいの。
お金が無くて諦めること、時間が無くて諦めること。
そしてそれ以外に、体力が無くて諦めることが最近よくあるような気がしている。
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旅行でも、HP切れを感じて急遽行先を変更したり、ホテルの滞在時間をできるだけ長くしたり、まだ時間的余裕があるにも拘わらず早めに帰路についたり。
「無理してもしょうがないよ、また来ればいいじゃん!」私の中の大人がそう言って、私の中の子どもをたしなめる。けれど、そういう問題ではないと、私の中の子どもはわめく。
だって25歳の夏は2度と来ないし、この瞬間は当たり前に今しかない。いつでも当時にタイムスリップできるような、一生の思い出ができるかもしれない。それなのに、体力を言い訳に諦めてしまうのは、勿体ないしなんだか寂しい。
10年後も、20年後も、手と首が皺だらけになっても、私は現役で楽しんでいたいと思う。
女子高生に負けないくらい夢の国ではしゃいで、孫に笑われて、カチューシャもつけて一緒に写真もたくさん撮りたい。夜行バスにも飛行機にも乗り続けたいし、色んな場所の地面を踏みしめたい。
いつもより少しお高いランチを食べて、観光名所を覗いて、自分たち用にお土産もどっさり買い込んで。そんな旅行をいつまでも最大限に楽しむためには、やっぱり体力がいる。
年齢制限がされていないものは、何でもやってみたいけれど、それを叶えるためにも体力がいる。
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冒頭の日帰り旅行で、恐らくご夫婦であろう2人組を見かけた。
山歩きでもするのだろうか。登山を連想させるような、シャカシャカとした水をはじく素材のウェアに、リュックサック。そしてそれぞれ両手には山を登る際に使用する、杖みたいなもの。
ちなみに私は山歩きをしたことも、それを楽しめる自信もない。なのに私の祖父母と同じくらいのように見えるお2人は、笑顔で電車に揺られている。
目指すはこれだ。
日常も非日常の旅行も、存分に楽しめるように。そして楽しみ続けられるように。私は今日もほんのちょっとだけ、身体を動かしてみる。