過去を知って理由に納得。欲しい服は、嫌いだった母のそれに似ていた

袖がふわっとしたトップスに紺色のスカート、柄物のワンピース、麦わら帽子。
服へのこだわりがさほどないはずなのに、どうしても欲しい服があった。
多分どこかで誰かが着ていて、可愛いと思ったのだろう。
値段も高くないし、試着しても変じゃない。
買っちゃおう。
でも誰がどこで着ていたんだろう。
ショッピングモールを歩きながら、あの時はどうしても思い出せなかった。
母親が苦手だった。
些細なことでイライラして、キレると何をするかわからない。
言葉がきつく、言い返そうものなら10倍くらい反撃される。
父親の転勤を理由に働かない、なのに口癖は「うちは貧乏だから」。
幼いながらに母親の精神状態に左右されていたのだろう。
私は爪を噛む癖をやめられず、爪の脇の肉まで食いちぎっていた。
門限やルールが厳しく自由がなかったので、友人と遊ぶときは必ず嘘をついた。
「はるちゃんはお母さんに似てきたね」
そう言われる度「あんな人間には絶対にならない」と思春期の私は内心毒づいていた。
「はるを抱っこして、こうやって散歩したなぁ」
私は娘を出産後、体調を崩し実家に帰った際、母と一緒に夜散歩に出た。
街灯が明るく照らす道を、私と母と4か月の娘の3人。
「はるは本当に可愛くてな……」
まるで昨日のことのように母が語った過去は、私の知らないものだった。
母の本当の母、私の祖母は母が7歳の時に病気で亡くなり施設で育ったこと。
父方の祖母はだらしなく、産褥期の母に義家族7人分の家事をさせていたこと。
日中は家事、夜は私の夜間授乳や夜泣きで激やせし、悪露が止まらなかったこと。
父の転勤で長期間働くことがかなわず、せっかく取得した調理師免許も生かせなかったこと。
頼れる実家もなく、夫も助けてくれない。
私がそんな状況なら、絶望して自殺していたかもしれない。
「私ははるを産んで良かった。楽しかったよ」
聞くだけでも辛いのに、彼女はそう言った。
娘が泣き始めて良かった。
泣き顔を見られずに済んだから。
アルバムをめくる。
母が私と年子の妹の手をつないで笑っている。
義実家にこき使われても、専業主婦でお金の自由がなくても、母は私を愛していた。
どの写真からもそれが伝わってきた。
働かずに家にいてくれたから、私が体調を崩した時はすぐに学校に迎えに来てくれた。
学校から帰るとクッキーやパウンドケーキを作って待っていてくれた。
子供ではなく一人の人間として扱ってくれた。
もっと母の立場になってあげられていたら。
転勤がなかったら、祖母とうまくやれていたら。
それまで考えたこともなかった考えで苦しくなる。
ふと母の服装に気が付く。
袖がふわっとしたトップスに紺色のスカート、柄物のワンピース、麦わら帽子。
無意識に店頭で惹かれたそれらは、タンスに並ぶ服にどれも似ている。
本当に嫌いだった母を、私はずっと大好きだった。
不思議なことに私も転勤族の主人と結婚し、現在は専業主婦で8か月の娘を育てている。
いつ転勤になるかわからない、近くに頼れる家族がいない、仕事がしたいがいつまで続けられるかわからない。
きっと、母もこんな風に悩み精神的に参っていたのだろう。
母に言われたことはいまだに心に突き刺さっているが、以前ほど痛みはなくなった。
むしろ母のようになりたいとさえ思う時さえある。
「お散歩に行こうね」
20代になった時、娘も私に似た服を選ぶのだろうか。
これから私は、どんな母親になるのだろうか。
母が着ていたものと似た服を着て、私はいま母親をしている。
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