子どもの頃、好きなアニメが描かれたパジャマを着ていた。トレーナーのような長袖のパジャマで、前面に大きくキャラクターのイラストがプリントされている。当時、アニメが放送されており、毎週楽しみに見ていた。日曜の朝、アニメの放送に合わせて起床し、テレビの正面を陣取って釘付けになっていたのを思い出す。

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アニメを見ていた当時は幼かったため、具体的にどんな話だったのか、印象に残っているシーンなどは思い出せない。それでもずっと見続けていた記憶は今も残っている。見ることが習慣となり、アニメの存在が自分の中で当たり前になった。アニメの特集コーナーに行けば、メモ帳や鉛筆などのグッズを集め出す。親におねだりをして買ってもらい、学習机の引き出しに大切にコレクションとしてしまっていた。

ワンクールが終了し、新体制となって放送されることが決まると、私の熱は徐々に冷めた。どうやら、もともとの設定が好きだったらしい。日曜の朝、同じ時間に起床してもテレビをつけなくなった。次第に、アニメが始まる時間には起きなくなり、日曜日は遅くまで寝ていることが多かった。次のクールが放送されていても、キャラクターの名前を覚えることもなく、グッズも買わなくなった。パタリと止んだブーム。親は触れることはなかったが、不思議に思われていても仕方がなかっただろう。放送されているアニメには興味はなくなったものの、まだ販売されていた、初期クールのデザインが施されたトレーナーには興味を持っていた。服の売り場に行けば、売られているか探してみたものだ。

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子どもの頃の私は、成長が早く、あっという間に身長が伸びた。そのため洋服はすぐにサイズアウト。好んで着ていたアニメのパジャマも、気づいた時には手首や足首が少し出ているくらいだった。これ以上大きなサイズになると、大人も着られるレディースサイズだ。当たり前だが、大人が着る服にはアニメのキャラクターがプリントされているトレーナーは少ない。子どもが好きなキャラクターであればなおさらだ。もう着られないのか、とほんのり寂しい気持ちを抱きながら、大人になれた嬉しさも感じながら過ごした時期だった。着られるうちは何回も着て、何回も洗濯をした。おかけでプリントが少しずつ剥がれていったが、それでも構わず着ていたものだ。当然、生地も薄くなった。冬に着るパジャマだったので、暖かさを感じなくなっていったが、それでも構わず着続けた。

今も比較的鮮明に思い出せる、あの服の記憶。着ていた期間は短かったものの、どっぷりハマっていたからだろうか。つい最近、私が子どもの頃に流行ったアニメがリバイバルされていた。ドンピシャ世代の私は、看板を目にすると思わず注視してしまう。真剣に見てはいなかったが、存在は知っていた。とても懐かしく感じるのと同時に、今も人気なそのアニメに不思議な感情を覚えた。今放送されている形は、初期の原型をほとんどとどめていない。私が見れば、ちょっと違うと思ってしまう。それでも同じアニメとしての歴史は途絶えることなく、ずっと放送されているからすごいと感心する。それも重なってより鮮明な記憶としてよみがえっているのかもしれない。

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あの服の思い出。思い出を振り返っているとき、子どもの頃に着ていたパジャマが浮かんだ。お気に入りで、柄のプリントが少しずつ剥がれていっても着ていたパジャマ。いつしか素材が気に入っていた。あのパジャマを着ればしっくりきて、安心感を覚えた。パジャマのおかげで気持ちよく眠れた夜は、きっといい夢をみていたのだろうと想像できるくらいお気に入りだった。普段はそこまで服に興味を持たない私。だがあのパジャマだけは、随分経った今でも鮮明に思い出せるほど強く記憶に残っている。もし今自分が着られるサイズで出会えたら、私はまた買うだろうか。それを確かめるためにも、もう一度出会ってみたいと思う。そんな思いさえ抱く、思い出の服だ。