30歳を前にしても年末年始はたまに実家に戻る。しかし、何度帰省しても元自分の部屋にある白い衣装ケースの中に、未だに捨てられない服が3着ある。それは、新卒の時に来ていた服だ。

実家を出る時、当時自分の部屋にあった雑貨たちは立つ鳥跡を濁さずで一掃した。高校時代から住んでいた思い入れある部屋だったが、新しい生活を求めて心機一転、家を出る時にそのほとんどを手放すことにした。ただ、そんな私でもどうしても捨てられないのがその服だった。

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入社したての時、ディビジョンのウェルカムパーティーで同僚たちと水曜の夜に東京湾クルーズに出かけた時に着ていた服。私自身、新卒でそれまでとりたてて海外経験があったわけでもないので、普段よりドレスアップした欧米系外国籍の同僚たちに囲まれ、すべて会社によるセッティングがなされたクルーズ船の中で、英語が飛び交い、東京タワーを背景にワインや西洋料理をつまみ放題。なんて華やかな世界にいるんだ……と思ったのを覚えている。また、同期ともとても仲良く、ここで働けてよかった、一員になれてよかったと心から思ったのも覚えている。

その日は普通の平日でドレスコードもわかっていなかったので、仕事着で当時自分が持っていた一番高級そうなゴールドのシャツと黒いジャケットで参加した。他の同僚たちは派手なドレスにジャケットという装いなのに、私だけ普段の仕事着に毛が生えたくらいの装いで、いかにも場に慣れていないピュアな新卒感が満載な格好だった。ジャケットを羽織っていても少し肌寒い夜だったが、船内で同僚たちとたくさん歓談し、親交を深められたのもあり、下船する時は少し汗ばんでいたのも覚えている。私は、もうひっそりとした東京湾の夜を、そのままその服で女性の日本人上司数人と一緒にタクシーで最寄駅まで向かった。

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2着目も、やはり新卒時代の洋服だ。秋口なのに紺色のノースリーブを着ていた。胸にビジューが散りばめられていて私のお気に入りだった。今思えば、学生時代には買おうとも思わなかった、社内の欧米人の同僚の服装と遜色ない大人で落ち着いた印象に見せられる仕事着だった。当時の私は、秋になってもこだわってそのノースリーブを着ていた。黒髪ショートカットの自分に似合っていると思ったし、高級感があり、クライアントと話していても年上に見られることが多かったからだ。

最後は、社会人になりはじめて付き合った彼との初デートで気合いをいれて着ていったオフィスカジュアルな服だ。11月らしい、ブルーのクルーネックセーターに白いコーデュロイのスカート。ネイビーのトレンチコートに黒い鞄。この時、長年の黒髪をやめ少し茶髪になった新しい自分を包み込むような、柔和で品のある女性らしい洋服が欲しく、購入したものだ。その服を着て東京テレポート駅で彼と待ち合わせ、勇気を振りしぼって初デートにむかった。その時、彼から「品があるね」といわれ、心の中で余計に緊張したのを覚えている。そのあと、会話していくうちに11月の寒さもあって、帰り際には、あと少しでお互いの手や肩が触れ合いそうになるほどの距離で2人は歩いていた。

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茶髪で柔和な印象になった自分を引き立ててくれる、仕事をしながらもやはり私は女でありたいというその時の心境を表現してくれる、おまけにその時の彼の服装と図らずも似ている、純粋な日本人らしいそんな控えめな冬服だった。

普段は今や未来を生きることが多いのに、未だに捨てられない3着の洋服は、すべて新卒時代のもので、酸いも甘いもたくさん詰まっている。私は実家に戻り衣装ケースを開けるたび、その服をみて、当時の悔し涙や嬉しさを思い出し、今でもたまの活力にしている。