私は大学1年の頃から3年以上続けているアルバイトがある。少しお高い日本料理屋のキッチンだ。

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アルバイト経験ゼロで、温かく優しい環境でちやほや育てられた私は、時間に余裕を持って5分前に出勤すること、更衣室に入るときに必ずノックすること、包丁の持ち方など社会の基礎の基礎をここで一から叩き込まれた。

土日の片方は必ず一日中朝から晩まで働き、多い時で週に4回出勤し続けて3年と少し。毎回着ては洗って、汚しては洗ってを繰り返してきた白衣には、ところどころ黄ばみや黒ずみがある。

そこには、目に見える以上のものが染み付いている。1人でに包丁で指を怪我した時の血。
職場の人とのコミュニケーションに苦戦し、自分の意見を伝えることができずに悔しい思いをしてこっそり流した涙。

雨の日に全身頭から足の先までずぶ濡れになりながら外で洗濯機を回したあの日の雨。
掃除をしていたパートのおばさんのホースが暴れて雨のように頭上から降ってきた、冷たくも楽しい蛇口の水。
忙しさと疲労で心が挫けそうな時、「頑張ってるね」と優しく声をかけてもらって不意に流れた温かい涙。
目には見えない思い出がこの白衣には染み込んでいるのだ。

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アルバイトは、この料亭の他にもいくつかやった。本屋の棚卸しや郵便物の仕分け、ラーメンの接客…。どれも楽しかったし、辛かったしためになったが、日本料理屋のキッチンほど長く続いたものはない。私はこのバイトでの仕事や人との出会いを通じて、仕事内容に留まらないたくさんのものを得た。

大学1年のとき、私たちの代は講義の大半がオンライン授業で、家で孤独にパソコンに向かう日々を送っていた。私は友達もまともにできず、変化のない毎日を過ごしていた。そんななか、私はこのアルバイトに救われた。バイト当日になると「行きたくない」と心の中で駄々をこね、シフトを入れ過去の自分を何度恨んだかはわからない。

だが、ここ数年「自分、頑張った!」と心から思えることが少なかった私にとって、日本料理屋でのバイト後の達成感はすごくすごく気持ちが良かった。
私は自分を褒めるのが下手で、筋トレをしたり皿洗いをしたり風呂掃除をしたりと、自分を褒めるためにやったことでも、終わってしまえば大したことがなかったように感じてしまう。どの程度頑張れば自分を褒めていいのかわからない。しかし、アルバイトの後は決まって、心から自分を褒めてあげることができた。

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バイト後に帰宅して、すぐに面倒な入浴を済ませ、お腹ペコペコな状態で食べる実家の温かいご飯は至福そのものだった。
さらに、バイト中の楽しかったことや愚痴を母に吐き出すと、母は面白おかしく笑い飛ばしてくれた。受験期、机に向かう日々で話題が特になく、勉強も思ったように進まずにぎこちなかった食卓も、アルバイトで得られる達成感が、「自分は頑張っている」という自信をベースに楽しく話すことを可能にしてくれた。食卓が明るくなった。

それまで心の温度ゼロで過ごしていた日々に、明日がバイトだから嫌だという気持ちやしばらくバイトがない!というトキメキなど、忘れかけていた「休みを心の底から喜ぶ感覚」も思い出させてくれた。悲しみもなければ喜びもなかった毎日に、いい意味で心の波が生まれた。

その他にも、さりげない気遣いが人の心を大きく救うことや、人からもらったものならささやかなお菓子でも、自分1人で買って食べるより5倍は美味しいことを教えてもらった。

私は忘れっぽく、嫌だったことも楽しかったことも一晩眠れば基本忘れてしまう。しかし、白衣だけは全てきちんと覚えている。今日も私はシフト希望を出した過去の自分を恨みながら、黒ずんだ白衣を着る。