高校を卒業してからもう数か月経つが、私はいまだにこの恋心の終わらせ方を知らない。ただ、このエッセイを書くことが、一つのピリオドになることを願う。甘くてほろ苦い。そんな大切な記憶に、少しだけ耳を傾けてほしい。

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その人の顔と名前を、私は三年生になって初めて一致させた。第一印象は高身長、頭脳明晰、クラスの中心。部活に明け暮れ、右肩下がりの成績表を見ないふりするのが常な私とは、全く逆の人だった。

道が交わったのはある梅雨の日。進路指導に呼ばれた私はすっかり気が滅入り、トボトボ帰路についていた。そんな私の肩をたたいたのが彼だ。異性と会話を交わすのはそれまで授業中くらいだった私は、本っ当に驚いた。おっかなびっくり雑談をして、すぐ駅について解散した。声が上滑りした気がする。

今まで何の接点もなく、教室の端から端くらいには遠かった私に、どうして話しかける気になったのか。そういえば後期の係がいつの間にかペアになっていたし、SNSの投稿にメッセージを度々くれていたのも彼だったか。考えるうちにちょろい私は、彼のことが気になって仕方がなくなっていた。久しぶりの動悸を感じた。

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彼のことを視線で追ううちに、夏が来る。文化祭の準備が始まり、珍しくクラス劇の役者に立候補した私は、今までと比べ物にならないほど気合いが入っていた。なにせ主役は彼だった。なんて幸運。何たる巡り合わせだろうか。神は人の子の恋を応援するものだなあ。夏の暑さで浮かされた頭は、そんなことを考えた。

劇の練習で顔を合わせるうちに、私たちの距離はぐんぐん縮まっていった。劇の参考にする動画を一緒に見たり、お菓子を分け合ったり。帰り際には「ちょっと待っててよ」なんて声を掛けられ、二人で並んで駅まで歩いた。

気づけば二学期、文化祭当日がやってきた。長台詞を持ち前の記憶力でスラスラ話す彼の表情を特等席で眺めながら、夏の終わりと幸福の終わりを感じていた。寂しかったけれど、もともと関わりのなかった二人だ。元に戻るだけ。

そんな風に思っていたのに、神は私を甘やかした。

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文化祭がきっかけで感染症が流行り始めた私のクラスは、学級閉鎖を余儀なくされた。リモート授業をぼんやり眺めていると、LINEの通知一つ。彼だ。心臓が早鐘を打った。くだらない話のラリーをしつこいほど続けた。そのうちに、彼が好きなゲームやパズル、彼のことを沢山知った。もう授業なんて聞いてなかった。

それから学級閉鎖が解除されて、席替えがあった。隣同士だった。その時点で私のキャパシティーは限界突破していた。こんなに幸せでいいのだろうか。逆に不安まで感じる。あの梅雨の日から暑い夏と寒い冬を越え、本当の春がやってくるまで、ずっと私は春だった。

イベントごとに撮ったツーショットを、今でも時々見返す。少しずつ長くなっていく私の髪と、縮まっていく二人の距離が、愛おしい。受験生だった私たちは、結局それまでだった。彼の気持ちを確かめることもないまま、さよならの季節は非情にも終わりを告げる。彼が私に手渡した卒業アルバムに、私は何を書いたのだろう。よく思い出せない。

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文章を書くことは、私の心を落ち着かせる一番の薬で、私を酔わせるアルコールだ。だから私は、恋の終わりをこのエッセイに押し付けることにした。一杯のコーヒーとひとかけのチョコレートを仲間に、記憶をたどって文字にする。そしてすべてをここに捨てていこう。

恋心と長すぎる時間は、記憶を過剰に彩ってしまう。事実なんてもう誰にも分らなくなってしまっただろう。全部私の勘違いなのかもしれないなあ。そっけない彼の寄せ書きを見ながらそう思って、LINEの履歴を消した。彼と繋がっているSNSも、もうほとんど見なくなった。そうやってちょっとずつ、思い出に溶かし込んでいく。

そして出来上がった文章を推敲しながら、少しだけ泣くのだ。