私の飲み物の好みはだいぶ偏っているという自覚がある。
幼い頃に祖父母と接する時間が長い事もあってか水や麦茶、牛乳以外殆ど口にしないまま就学し、そのまま大人になったので今でも自分から進んでジュースなどを口にする事がない。チョコレートなどのお菓子は大好きでよく口にするのに、飲み物の甘さになかなか慣れないせいなのか、周囲の友人が口にしていて勧められてもコップ一杯の量で満足してしまう。「若いのに好みがおばあちゃんみたいだねぇ」とよく言われたもので、歯の環境にはとても良いと歯科ではよく褒めて頂けるが、何だか自分自身の楽しめる幅が人よりも狭い気がして、損な気持ちがしてしまう。
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高校に進学しても相変わらず水かお茶で過ごしていた私だが、少しずつコーヒーへ興味を持つ事になる。高校へ行く道の並びにあったカフェの前を通る度に毎朝挽き立てのコーヒーの香りがふんわりと香ってきて、「一度コーヒーを飲んでみたい」と強く思うようになった。
しかしそこはおしゃれなカフェ。高校生のお小遣いで簡単に足を運ぶ事の出来る場所ではなく、店前に立て掛けられたメニュー表の料金を見てはいつも「高いなぁ」と指をくわえて通り過ぎている内に卒業し、いつかはあのお店に……と憧れを募らせていた私に、またとない機会が訪れた。
中学時代の恩師に大学に合格した旨を連絡すると、「お祝いも兼ねて久しぶりに会いましょう」と言って頂き、再開の場所として指定されたのが件のカフェだったのだ。
ずっと夢見ていたお店での恩師との再会だったので前日はなかなか寝付けず、精いっぱいおめかしをして出掛けた。
明るく開放的な店内は挽き立ての豆の香りでいっぱいで、今か今かと心待ちにして飲んだコーヒーはびっくりするほど苦く、酸味も強かった。思わずうっ!と苦悶の声を漏らしてしまった私に恩師は、「ミルクとお砂糖を入れたらだいぶ飲みやすくなるから」と言いつつ、「私も最初は飲めなかったよ」と懐かしそうに、そして眩しそうに私に言いながらいたずらっぽく微笑んだ。
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それ以降折に触れてコーヒーを好きになりたいと度々チャレンジしているが、「まだまだお子ちゃま舌ね」とあしらわれているようで珈琲党にはなりきれていない。
その中でも好きになったのがアメリカンだ。
大体はミルクもお砂糖もしっかり使うが、なんだかそれを飲むとホッと落ち着く事が出来る。薄くておいしくない、なんて否定的な意見を聞く事もあるが、私にとってアメリカンコーヒーと一緒にケーキを食べながら喫茶店でまったり本を読む時間がストレス解消のひとつになっている。
人のごった返しているおしゃれなカフェよりも、街中に溶け込んだ老舗の「喫茶店」がたまらなく好きで、そこでお気に入りの本を読んだりぼーっとまどろんでいる内に日頃の疲れが溶けていくような感覚がある。
毎日足を運ぶ事は薄給の為難しいが、その節約の為に憩いの場所が閉店してしまうというのは本末転倒なので、月に一、二度はお店を訪れてコーヒーとケーキをお供にゆっくりする時間を作っている。
こう思うようになったのは恩師と共に楽しんだお店がその後惜しまれつつ閉店し、駐車場へと姿を変えてしまった苦い思い出があるからだ。結局訪れたのはその一度だけで、少し切り詰めてでも高校生の頃に訪れていたら他のメニューも楽しめたのかも、という後悔も拭えない。せっかくのご縁で知り合えたお店には少しでも長く続いて欲しい。
支払いをする時に、美味しいコーヒーと憩いの場所を提供してくれるお店と出合わせてくれた縁に「また来ますからね」、という強い思いをお金に込めているのはきっと私だけではないと信じている。