土曜日、しっかり閉め損ねたカーテンの隙間から差し込む光で目が覚める。日は既にそこそこ高い。空が青い。7:30か8:00といったところか。平日には6:30にかけているアラームも、週末はお休みだ。

特に早起きする理由もないので(幸いなことに)、週末は起床時間を決めず、自然と目が覚めるのに任せて起き出すことが多い。目が覚めて、あー、とか、うー、とか、濁点混じりのうめき声を上げて、布団の中でひとしきり体をストレッチ。いや、身悶えという方が正確か。起きたくないなあ、眠いなあ、もう少し布団にいたいなあ……スマホを開いてSNSや各種アプリをチェック。

お前はもっと他に気にすべきことがあるだろ?と自覚しつつ、戦争のニュースを見たり、はたまた子育てママの愚痴ツイートを読んだり、あるいは気になる漫画のWEB広告に目を奪われたり……「スマホに時間を吸われる人」の典型みたいな過ごし方をして、ふと画面上部の時間表示を見れば、8:30と9:00の間くらい。

えっ、さっきまで7時台だったじゃん。毎週同じことを繰り返しているというのに、にわかに焦り出す。

しかたないなあ、そろそろ起きてやるか。

何せ、今のわたしにはマキネッタがあるのだから。

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まるでステルスマーケティングのようになってしまうのを許してほしい。匿名広報員ではないんです。
布団との膠着からわたしを引き剥がしてくれる強いモチベーション、それは「美味しいコーヒーが飲みたい!」という欲求である。

わたしより先に夫が起き出して、コーヒーを作ってくれることがある。あまつさえ、ガラスのサーバーに入れて枕元まで持ってきてくれることも。そんな時わたしは香ばしい匂いにつられ、ハーメルンの笛吹きにさらわれる子どもよろしく、ふらふらと布団から起き出すのだ。それくらい、起き抜けのコーヒーが好き。

しかし、わたしの方が先に起き出した場合はどうしよう?2つの選択肢がある。市販の中粗挽きのコーヒー粉とフィルターとドリッパーで、ドリップコーヒーを仕立てるか。
それとも、「マキネッタ」と呼ばれる(らしい)(わたしもよく知らない)、直火式エスプレッソメーカーでエスプレッソを抽出し、牛乳でもってカフェラテを作るか?

わたしはマキネッタからカフェラテを作る方が好きだ。だって、とてもとても美味しいから。正直、ただ漫然とドリップコーヒーを作るより、断然美味しい。

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「マキネッタ」の仕組みは、検索してもらったらすぐに出て来ると思うが、わたしの語彙で簡単に説明しておく。

マキネッタは上・中・下の3つのパートに分かれている。「下」は五右衛門風呂のように、火にかけられて水を湯に変える部分。「中」は、底に無数の穴の空いたたらいにストローがくっついたような、漏斗状の形をしている。「下」からの蒸気を「中」のストロー部分が吸い上げ、たらい部分に詰められた極細挽き粉を通過して、エスプレッソ液が抽出される。抽出されたエスプレッソは更に吸い上げられ、ポットのようになっている「上」部分に溜まっていく……。

ああ、書きながら鼻がむずむずしてきた。火にかけられたマキネッタから、「こぽこぽこぽ……」という音が聞こえてきたら完成の合図。吸い上げるべき水がなくなった証拠だ。ストローでジュースを飲み切った時のような音がする。これ以上長く火にかけていたら、コーヒーが焦げて苦くなってしまう。音とともに速やかに火から降ろさないといけない。

ためらわず、一気に注ぐのがコツだ。取っ手を掴んでマキネッタを傾けると、「上」の部分からお気に入りのマグへ、凝縮された真っ黒い液体が勢い良くほとばしる。ドリップコーヒーの、日に照らされてきらめくような透け感のある密度とだいぶ違う。このままで飲むと非常に苦い。だから、4倍くらいの量の牛乳を投入する。それでやっと味が整う。

しかし、これが美味しいのだ。本当に、「この1杯で、1日分の幸せを先取りした!」と、一瞬でも信じられるくらいに。

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どう美味しいのかを表現するのは非常に難しい。濃厚で、牛乳によってまろやかにされているけれども、それでもまだ鼻の奥にガツンと訴えるような苦みと、舌の両脇から体の奥に浸透して痺れていくような豆の甘みが両方あって、カフェインが効いていて、香ばしくて……。

とにかく、お店で味わうようなカフェラテを、朝1番に楽しめる幸せが伝わるだろうか。土日はこの瞬間のために起床するようなものである。
1人分のエスプレッソを抽出するのに、5分少しかかる。だから、忙しい平日の朝には作らない。週末の少しゆったりした朝の、ご褒美的存在になった。

怠惰なわたしだけども、この1杯を飲むと、少し頑張れるような気がして来るのだ。
「こんな1杯を飲めるのなら、まだわたしの人生捨てたものじゃない」
「これからも、こんな1杯を飲み続けていけるようにがんばろう」
と。

食い意地が張っていて良かったなと、思う瞬間の1つである。