恋人との別れはあまりに一瞬で儚いのがお決まり。
付き合う時はゆっくりお互いを知って2人の同意で始まるのに、終わる時は大抵自分か相手か一方の気持ちの押し付けで終わるんだ。
振る側も気力や罪悪感を伴うが、振られた側は特につらい。何日もご飯が喉を通らない、何に対してもやる気が出ない。そんな経験をした人も多いのではないだろうか。
けれど、こんな考え方もできる。相手はもう自分を好きじゃない、彼は見る目が無かったんだって考えると、私の経験上彼が「過去」に変わるのに長い時間はかからない。
だけど人生でただ1人だけ、お互いに好きで別れた人がいた。
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年下で理論的な考え方を持ち、子犬のような温もりと冬の風のような冷たさを持った人。思いをまっすぐ伝える眩しい人。
付き合って1年ほどで彼は海外転勤でヨーロッパへ約6年の内示を受け、若かった私たちはお互いのキャリアを諦められずに別れを選んだ。6年もの間、遠距離恋愛で乗り越える自信も無い。この選択は今でも後悔していないし、やり直せるとしても同じ選択をしたと思う。
それでも、お互いに想いながら別れるのは当時はとても苦しかった。彼が日本を発つまでの期間、限られた時間の中で出来るだけ時間を作って会って2人で何度も泣いていたし、最後に2人で過ごした時間はとっても切なくて熱くて少しだけ甘かった。
一方的に別れを告げられた時とは違って、想い合う人との別れは立ち直るのに少し時間がかかった。誰のせいにもできない別れは、なかなか消化されずそのままの状態で胸の中に残り続けたからだと思う。
翌日から当たり前に出勤し、忙しく仕事をする中でなんとか気を紛らわせていたのを今でも覚えている。正直、別れてから1年が経った今、彼の顔も声も私の中で鮮やかには描けない。あんなに近くで見つめた恋人なのに、ヒトの記憶というものはまるで当てにならない。
どんな顔で微笑んでくれていたか、どんな声で私の名前を呼んでくれていたか、よく思い出せないけれど良いものだったように感じる。使っていた香水は確かロエベだった。香りは微かに覚えているかも、今も使っているのかな。
振り返った時に良い記憶しか思い出せないのは、理想や願望だけが残っていて、実際は何も覚えていないのかも、と誰かが言っていた。その通りだ。
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でも、彼のことをふと思い出す時じんわり温かい気持ちになる。
ときめきではない、懐かしい温かさ。これ以上忘れるのは悲しいな、この気持ちが増えも減りもしないようにジップロックにいれてそのまま冷凍保存したい、ただの「過去」にはしたくないなんて。
今はもう彼に関連する全ての写真も連絡先も消した。今世で私と彼は今後一切交わることはないだろう。
でも、彼の幸せは自分ごとのように願っている。私の中で小さな記憶の宝石になった彼が、私じゃない誰かのもとで幸せそうにきらきら輝いていてほしい。
長い人生の中のほんの一部を一緒に過ごした彼に感謝しながら、私の人生の物語は彼じゃない誰かと築いて行くんだ。