自分自身の老いを感じる事が、二十代の半ばを迎えた頃から少し増えてきた。

例えば、あれだけ好きだった焼き肉やホイップクリームのたっぷりと乗ったデザートを学生時代と同じ感覚でぱくぱく食べると、その少し後にずーんとお腹が重くなる胃もたれを起こしたり、疲れが一日で取れにくくなり、徹夜が出来なくなって髪の毛に少ないながらも白髪が混じるようになってきた事。

どれもある日突然、というわけでもなくふと気が付くとそうなっていた。

お金と自由を引き換えに責任が伴ってくるように、年齢という数字を重ねるごとに体は確実に、少しずつではあるものの老朽化しているらしい。気持ちだけはまだ十代の頃とさほど変わっていないのに、少し物悲しくもある。

そうなってくると友人同士で集まった時の会話も自然と内容が健康面や自分の将来に関するものが増える。まだおひとりさま暮らしを謳歌している私には想像は及ばないけれど、将来介護される事になったとしたらどんな選択をするだろう。

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自分自身が初めて介護の場面に触れたのは、小学校に上がるほんの少し前の事だった。

祖父が脳梗塞を発症し、緊急入院となったのだ。薬を飲んだり病院に定期的に通ったりはしていたもののいたって元気に過ごしている姿を見ていただけに、最初に病室でたくさんの機械や管に繋がれた祖父の姿を見た時困惑し、直視できなかった事を鮮明に覚えている。

前の日まで元気にご飯をもりもり食べていつものように私と遊んでくれていたのに、声をかけてもピクリとも反応しないしずっと眠ったまま。

まるで知らない人になってしまったようで怖かったのだ。

その後右半身まひが残ったものの回復し、退院のめどが立った直後に脳梗塞が再発。二度目の発症はより重く、自発呼吸も出来なくなったので人工呼吸器に繋がれる事になり気管を切開した祖父は、声を出す事も出来なくなってしまった。

祖母はこの後、祖父が亡くなるまでの約ニ年半毎日病院へ通って献身的な介護を続けた。

病院では毎日の入浴は出来ないのでお湯で温めたタオルで体を拭いたり、洗面器を上手く利用して髪や顔を洗ったり。ずっと同じ姿勢で寝ていると床ずれが出来てしまうのでこまめに体勢を直したり。

そのおかげかいつお見舞いに行っても祖父の顔はぴかぴかして清潔が保たれていたし、看護師さんたちからも「おばあちゃん凄いね」と褒められていた。

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しかし小柄な祖母がたった一人でこれだけの介護をするとなると体力の消耗も激しく、体調を崩して寝込む事も多々あった。幼い私は「私がおじいちゃんのお世話が出来たらいいのに」ともやもや悩んだ事も少なくないが大人になった今改めて、もし自分自身の親やパートナーに付きっきりの介護が必要になったらどうするだろうと考えても、祖母ほど献身的に寄り添って面倒を見れる自信がない。

逆に介護される立場だとしたなら、なるべく手を煩わせたくないと思ってしまうので家族だけで抱え込まずに頼れるところはどんどん人を頼って欲しい。

介護が必要な状況はある日突然襲いかかってくるもので、自分だけでなく周囲の人の生活も一変させる。

介護する側、される側の日常を最大限守れるように出来る準備として健康を保つべく規則正しい生活を送り食事内容に気を遣うなどのささやかな事から取り組み始めた。

小さな事かもしれないが積み重ねればそれなりに効果を発揮してくれる事を信じて、歩みを進めている。