パートナーが、ごはんを作らなくなった。
付き合いたての頃は、お互いの家で料理を作り合ったりしていたはずなのに、もうめったに台所に立ってくれない。

理由は、いくつか心当たりがある。

二人暮らしを始めたこと。
パートナーは外で働いて、私は家で仕事をしていること。
私のほうが、家事全般を苦に思わずにこなせること。

今では毎日、あたりまえのように私が料理担当になっている。

◎          ◎

パートナーは自分があまり家事をしていないことを気に病んでいて、「いつもごめんね、ありがとう」と言う。
正直、私も自分の料理を食べ慣れてきたので、「全然いいよ」と返す。
食べたいものを食べたいときに作れるし、作り手の特権として好きな味つけにできるのも魅力的だ。

でも、やっぱりたまに、パートナーが料理を作ってくれていたときのことを思い出してしまう。

私が作る朝ごはんの定番メニューは、ごはんと納豆、昨日の残りのおみそしる。
朝が弱くて寝ぼけながら用意をするので、あまり凝ったものは作れないのだ。

パートナーは以前、朝ごはんによく卵焼きを焼いてくれていた。
きいろい卵が食卓に加わるだけでも、とても豪華なメニューに感じられた。

「作ってよ」と言えばいいのかもしれないけど、忙しい朝の時間、ばたばたと身支度をするパートナーには言いづらくて、結局私が朝ごはんを用意してしまう。

◎          ◎

そうして、不満ともいえないくらいの小さなモヤモヤを胸の奥に仕舞いこんでいたある日。
休日だったのでつい、いつもより長めに朝寝坊してしまった。

ふと目を覚ますと、寝室の外からシャーーーっという音が聞こえる。
続いて、ぱたぱたと歩き回る音と、香ばしい匂い。

布団からのそのそと出てドアを開けると、パートナーが台所に立っていた。

「食べたくなったから、作っちゃった」

パートナーはそう言って笑いながら、作ってくれた朝ごはんを食卓に並べた。

昨日の夜の焼きそばの残りを細かく切って、ごはんと卵と一緒に炒めたそばめし。
今までの人生であまり食べたことのなかったメニューであり、かつ、パートナーが作ってくれたという珍しさも相まって、ものすごくテンションが上がった。

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「いただきます」
二人で手を合わせて、できたてのそばめしをほおばる。

焼きそばとごはんと卵が混ざった、ホロホロの食感。
二度火を通したソースはあまじょっぱく焦げて、コショウがピリッと爽やかに香る。

麺だけでなく、キャベツや豚肉も細かく切られていて、面倒がらずに手間をかけてくれたことがまた嬉しかった。

そして、食べながら気づいた。

これはひと昔前の創作でよく見かける、「お父さんの手料理」というやつでは?と。

普段は料理をしないお父さんが、たまの休日に作ってくれるごはん。
お母さんの料理とは全然違う味で、ちょっと濃かったりあぶらっぽかったりするけど、「お父さんが作ってくれた」という特別感で、妙においしく感じるという、あれ。

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実際には「お父さんの手料理」なんて食べたことがなかったけれど、普段料理をしないパートナーが久しぶりに作ってくれたごはんで、思いがけず疑似体験することができた。

たとえて言うなら、お祭りの屋台で買う食べものやピクニックのお弁当みたいに、非日常のスパイスが加わった味。
きっとこんなふうに、やみつきになるような食べ心地なんだろう。

そうか、休みの日にときどき作ってもらえばいいんだ、と思いついた。

またいつか休日前夜に焼きそばを作って、次の日の朝にそばめしをリクエストしよう。
そうすれば、私はパートナーが作る朝ごはんを「特別な日のお楽しみ」として味わうことができる。

小さなモヤモヤが晴れて笑顔になった私に、パートナーは嬉しそうにこう言ってくれた。

「今度の休みには、久しぶりに卵焼きを焼こうかな」