眠い目をこすって首まであるコートに顔を埋めながら街を歩く。
薄暗かった空に少しずつ光が差し込み始めた早朝、ガラスの扉が私を迎え入れる。
「いらっしゃいませ」
ほのかにあたたかい店内はそこまで広くなく、慣れた足取りで奥の席へと腰を下ろす。
「たまごサンドで、ミルクティーでお願いします」
いつもはキャラメルマキアートだけど、今日は気分を変えて紅茶で。
鼻を抜けるコーヒーの香りに包まれながら、サイフォンで沸くお湯の音に耳を澄ます。
「お待たせしました」
うつらうつらと夢の世界にいた意識を起こすように、鮮やかな黄色が目に飛び込む。
細長い白パンにサンドイッチされた分厚いだし巻き卵。
隣には湯気から立ち上るアールグレイの香り。
ずっと食べてみたいと思っていたそれに思い切りかぶりつく。
パンの裏側にはマスタードが塗られており、程よいアクセントが食欲をそそる。
半分ほど食べたところで紅茶をゆっくりすする。
思わず息を吸ってしまうほどの温度に喉が驚くが、おかげで少し目が覚めた。
「美味しい」
残りをお皿に置き、鞄から本を取り出す。
誰もいない私だけの空間で、朝からゆっくりと本を片手に紅茶を飲む。
去年の誕生日に実現した最高の朝ごはんだ。
◎ ◎
1年のうち朝ごはんを食べる回数はおそらく両手で収まるほど。
限りなく朝ごはんと無縁な私ではあるが、食べることも朝も嫌いではない。ただ、朝に食べなければ支障が出るわけではなく、食べなければ朝が終わらないといったことでもない。
単純にその2つが結びつかないだけである。
しかし、朝ごはんが嫌いなわけではない。
いい朝を迎えたい、そう思う日に限って朝ごはんを奮発したいと思うのだ。
そうはいっても、なんだかんだ少し早起きして、スタバでソイラテを飲みながら出社までの間をゆっくり過ごしたり、休日の気持ちの良い朝を過ごす、そのくらいの朝で済ましてしまうことが多い。
SNS上では美味しそうなモーニングを調べることはあっても、いざ、足を伸ばして興味のある朝ごはんを食べに行ったりすることはほとんどない。
しかし、去年の誕生日は、なぜか朝ごはんを食べて1日をスタートさせたいと思った。
本を1章分読み終える頃にはたまごサンドは少しだけ密度が濃く、出来立てとはまた違う味わいが私の舌をとろけさせた。
いつの間にか朝陽が上り、ちらほらとスーツを着た人々が外を行き交う。
「いらっしゃいませ」
鈴の音と共に外の音が店内へと滑り込む。
ぬるくなった紅茶を流し込み、レジへと向かう。
「ありがとうございました」
軽く会釈をし、ガラスの扉を開ける。
相変わらず空気は顔に突き刺さるが、中和するかのように陽の光が顔を覆う。
「さむ」
そう言いながら、次の目的地へと向かう。
いつもは道を見て歩くところを、その日はやけに澄んだ青空を見上げていたことを覚えている。
◎ ◎
今年ももうすぐ誕生日、ありがたいことに当日は休日だったため1日何かできそうだ。
最近まで忙しい日々が続いていたこともあり当日何をするかはまだ未定なものの、ぼちぼち何をするか考え始めようと思う。
少なくとも、いつもより早起きをして美味しい朝ごはんを堪能するつもりでいる。
20代も後半になると、人から誕生日を祝っていただくことも少なくなってきた。
一方で、歳を重ねたとしても誕生日は親が命懸けで産んでくれた大事な日だ。
1年に1度にはなるが、その日だけは100%自分を労り、甘やかし、気持ちのいい日を過ごしたい。
美味しい朝ごはんと共に最高の1日をスタートさせると、今年の誕生日もワクワクが止まらない。