人生で人を振ったことはあるか?
以前ならNOと答えていたであろうこの質問に、今後私はYESと答えることになるだろう。
この前人生で初めて、人を振ったからである。振った経験があるからどう、ないからどう、ということでは勿論ないわけだが、私の中では大きい出来事だった。
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人を振ったことのある人ならわかると思うが、振るというのは結構緊張を伴う行為だ。
人を振ったことのない人でも、なんとなく想像は出来るかもしれない。
私が振った相手は、マッチングアプリで出会った人だった。何回か会ったのちに告白された。その時は、付き合えないとすぐに返事をした。
ただ、人としては好きなのでそのまま何度か会ったりしていた。
そして、告白されてから2カ月ほど経った時、考えは変わったか、と聞かれた。その時も、変わっていない、そう答えた。交通事故にでも遭って、頭でも打たない限り変わらないと思う、とも言った。
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ひどい言い方ではあるが、そのくらいの確率の認識だった。
そう告げた後、彼は今後どうしていくか、少し考えてほしい、と私に言った。
相手としては、将来結婚を考えられるような人を探しているし、知り合って半年弱くらい経っていたので、一旦区切りとしてはふさわしいタイミングだと思ったらしい。
私は少し面食らった。そんなことを言われると思っていなかったからだ。
私は今までと変わらずに会えればいい、としか思っていなかった。それ以上でもそれ以下でもなかった。
その問いを投げかけられて、私はどうするか答えを出すことになった。答えは次に会う時に話すということになって、その時は解散した。
普段から、考えるより行動派な私だったが、さすがにその時は考えざるを得なかった。
紆余曲折あったものの、結局結論は変わらず、断ることに決めた。
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そして、会う日当日になった。その人と何度も待ち合わせをしてきたが、その日が一番緊張した。初めて会った日よりも緊張していたと思う。
待ち合わせ場所には、相手が先に着いて待っていた。声をかけると、いつも通りの反応だった。
いつ振ればいいのか疑問だった。相手から何か言ってくる様子もなかった。私の頭の中にある、これから振るんだ、という気持ちを除けば普通のデートでしかなかった。
お昼ごはんを食べ終えてスタバに行こうとしていた時、しびれを切らして私は聞いた。
もう少し後で、と言われた。
二人で外でスタバを飲みながら、他愛もない話をした。夕日が傾き、夜の気配が近づいた頃、その時は急にやってきた。
ついにきた、と思った。付き合えないということをはっきりと伝えた。
それを聞いた彼は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。なんともいえない表情だった。
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結果は残念なものだから、相手には申し訳ない。だが、相手に心から向き合う、という点において、私は少し成長出来たのではないかと思う。
なんとなく彼も、予想はついていたらしい。それなら、直接会わなくとも、と内心思っていた。電話でもテキストでも、他に方法はある。
それでも彼が直接会うことを選んだのは、私に心で感じる痛みとか、経験することでしか実感できないものを教えるためだったのだろう。これはあくまでも、私の中での身勝手な結果論でしかないが、都合の良いようにそう捉えている。
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緊張のその先に、痛みを伴いながらも得られるものがあった。それを知らなかった私にとって、知る必要のある出来事だった。
人の気持ちが、少しだけわかるようになった。これまで、振ることも振られることも、直接経験したことのなかった私に、彼が残した最後の贈り物だった。
恐らくもう彼と会うことはない気がするけれど、どんな出会いにも、きっと意味があるのだろう。彼が、私の知らないことを、身をもって教えてくれたように。