中学1年生の12月、学校から帰ってきてリビングで一息ついていたある日の夕方、母から淡々とこう告げられた。「今年のクリスマスは、サンタさん、もういいよね?」

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小学校6年生になるまで、毎年欠かさずうちにはサンタさんが来ていた。12月25日の朝、実家のベランダに設置されたエアコンの室外機の上に、プレゼントが置いてある。

「欲しいものを手紙に書いて、クリスマスツリーに飾っておけば、サンタさんからプレゼントが届くんだよ」。両親に教えられ、毎年11月の終わりくらいから「何をお願いしようか」「どの便せんに書こうか」「どんな手紙を書こうか」なんて考えて、クリスマスが待ち遠しかった。

赤くてあったかそうな服を着た、立派なおひげのあのサンタさんが、本当にトナカイのそりに乗って、空を飛び回って世界中の子供たちにプレゼントを配っていると、本気で信じていたのだ。

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今考えると不思議な感覚である。一人っ子だったとはいえ、この世の中で13年間生きていて、友達やマスメディアなどを通して「クリスマスの真実」を知る機会がなかったはずがない。自分にとって都合の悪い事実は信じないことの好例だなと、我ながら思う。

実際のところ、手紙に書いたものとは違うものが届くことばかりだった。ゲーム機は一切買ってもらえない家庭だったため、当時流行っていたゲーム機をお願いしたときには洋服や本、パソコンを模した知育玩具が届く。明らかに親のセンスや意図が感じられるプレゼント選びなのに、両親とサンタさんの間で秘密のやりとりがあるんだろうと、都合よく解釈していた。

両親の巧妙なトリックのおかげもあり、クリスマス当日を前にして用意したプレゼントが私の目に触れてしまうというようなことも、プレゼントを仕掛けている両親の姿を目撃してしまうということもなかった。サンタさんの仕業だと、一度も疑うことなく中学生にまでなった。

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中学1年の冬、母に「もういいよね」と言われたとき、私は「ああ、うん」としか返せなかった。「信じてたのに」と言うことはできなかった。

自分の子供っぽさを露呈する恥ずかしさもあったし、どこか「やっぱりそうだよな」という思いもあった。それに、12年間欠かさずプレゼントを用意し、私に夢を与えるために画策し続けてくれた両親に対する感謝というのか負い目というのか、そういうものもあったから、これ以上わがままを言ってはいけないなと思った。

それからは、サンタさんからではなく両親からという形で、成人するまで毎年クリスマスプレゼントを買い与えてもらっていた。母と一緒に買い物に行って買ってもらったことも楽しかった。金銭的な面では本当に恵まれた境遇だったと思う。

しかし、それを「もういいよね」のひとことで、無表情に片付ける母への心理的な溝は、ずっと埋められていないような気がする。両親に対する「この人たちは私に言っていないことがあるのだ」という認識が拭い去れず、それが両親との関係性に影を落としている。

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たかがクリスマス、されどクリスマスなのだ。13年間信じていたことがウソだったインパクトは小さくない。そして私の母は、それをこんなにあっさりと、私の思いなどどうでもいいような感じで伝えてくる人なのか。言葉を選ばないとするなら、そこで生まれた感情は「不信感」である。

もちろん、大人には子供に言えないこともある。家族とはいえ、親が子供になんでもかんでも真実を教えればいいというものでもない。ものごとには知るべきタイミングがあり、子供が知らなくていいこともたくさんある。

でも、タイミング以上に大事なのは、子供がその事実を知ったとき、何を感じたのかを大人が想像し、話を聞き、受け止めることだと私は思う。私は中学1年生のあの日、私は母に、そのとき感じていた思いを正直に伝えたかった。

毎年12月25日の朝、ベランダの扉を開けるのをどれだけ楽しみにしていたか。それが作り事だったと知ってショックを受けたこと。私の空想の中にあった「両親とサンタさんとの秘密のやりとり」をうらめしく思っていたこと。一度も疑わずに娘がここまで大きくなったことを、母はどう思っているのか、知りたいと思ったこと。

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私に子供ができて親の立場になったとき、私はどうするだろう。やっぱりクリスマスプレゼントはサンタさんの仕業ということにするのだろうか。言っておくが、私はサンタさんの存在を否定するつもりはない。フィンランドにはサンタクロース村がある。また、「思いやり」「優しさ」のように概念として、サンタさんは存在するのだと、そういう話は嫌いじゃない。

しかし、そういう話ではなく「12月25日にプレゼントを君に買い与えるのは誰なのか」「どうやってこの家にプレゼントはやって来たのか」ということについて、私はおそらく、早い段階で全てを包み隠さず話すと思う。

夢がないと言われるだろうか。でも私はそれより、子供と包み隠さずなんでも話せる親子関係でありたい。子供に「このプレゼントは私たちが買ってきたのだよ」と告げるとき、それもその子にとっての楽しい思い出になるように、たくさん話をしたい。

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この問いを通して、自分の中に存在する子供時代の自分と対話しているという意味合いもあるのだろう。大人になって分かることもある。でもあの頃の嬉しさも寂しさも、「こうして欲しかった」という思いも、形を変えずに私の中にある。

「自分の子供に自分と同じ思いをさせたくない」という意味だけでなく、「自分だったらこうする」と考えを巡らせることで、あの日どうすることもできなかった割り切れない思いを、自分で癒そうとしているのかもしれない。

12月25日の朝、私は1人暮らしのアパートのベランダをのぞき込み、あるはずのないプレゼントを探す。「ああ、うん、ないよね」と呟くと、自分の白い息が、白い曇り空に吸い込まれていった。