小学生時代から、角野栄子原作の「魔女の宅急便」全6巻を愛読してきた。ジブリ映画の方が一般的に有名だろうが、私は原作の児童文学の方がより愛着がある。その理由は、主人公のキキは魔女だが等身大の少女であることと、キキ含め一人一人の登場人物が個性を活かした暮らしをしている世界観が好きだからだ。

キキは魔女だが、持っている魔法は主に「ほうきに乗って空を飛ぶこと」一つだけ。魔女であることがキキの引け目でもあるし、うまく飛べなくなったり、調子に乗ってほうきごと墜落したりしたこともある。逆に周りにせがまれ派手に飛んだ後に、魔法を見せびらかしてしまったと後悔したこともある。本作では「ほうきで空を飛ぶこと」は特殊能力ではなく、あくまでも「才能の一つ」という位置づけだ。

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多くの人は“魔女のキキ“というとジブリ映画の、ショートヘアで大きなリボンをつけた活発な少女をイメージすると思うが、原作のキキは髪が長く、どちらかといえば優等生寄りな性格だ。一見おとなしいが、自分にはないものを持っている同年代の少女たちに嫉妬したり、意外と負けず嫌いだったり、大人っぽく背伸びしようとしてうまくいかなかったりする。キキが自分自身や周りとの関係にたくさん悩み失敗しながらも成長し大人になっていく姿が、私は子ども時代からずっと等身大で共感しやすいから大好きだった。

そして、本作のメッセージは「誰でも一つは魔法を持っている」こと。キキだけでなく、パン屋、船乗り、手芸(品)屋、歌手、時計屋、帽子屋、絵描きetc.といった、個性豊かで自分の能力を活かして暮らしている街の人々がキキと関わり、仕事のお代として様々な「おすそわけ」を残していく。特に、空を飛べるキキに憧れとちょっぴり対抗心をずっと持っていた飛行クラブの少年、とんぼが、「キキのように空を飛んで、宙返りはできないけど、ぼくもどこかで宙返りができる人なんだ」とキキに語るシーンが、私は一番好きだ。本作を読んで、私もキキや他の登場人物たちのように、自分の好きなことや得意なことを生業にできたらなんて素敵なんだろうと夢見た。親の転勤での環境の変化や病気など、寄るべのなさを常に感じていた子ども時代の私は、キキを友達のように心の拠りどころにしてきた。

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私自身は文学や音楽が好きな根っからの人文系の人間だったが、「理系の方が将来仕事に活かしやすい」と考えたことも理由の一つで、高校時代は理系だった。だが数学や理科で深くつまずき文転し、大きな挫折を味わった。文系は営業やSEで就職するケースが多いイメージがあり、話すことが苦手でITスキルもない私にはできる仕事などかなり限られているだろうと、将来が不安だった。

だが、小学生時代からずっと好きだった短歌の知識を活かして、大学時代に大手出版社の俳句短歌編集部でバイトした。資料調べがメインの仕事で、俳句短歌の世界に馴染みのあった私はとっつきやすく、また口下手だが黙々とした作業は得意だったので、スムーズに働けて(社交辞令もあっただろうが)周りの社員さんたちから褒めてもらえる機会が多かった。就活では内勤の事務職を中心に受けていたが、第一志望は大企業のクリエイティブ系の職種だった。面接で音楽や文芸の経験とやる気をアピールし続け、自分にはハードルが高かったその会社から幸運にも内定をいただき、挫折ばかりの私の人生で一番嬉しい出来事だった。バイトも就活もご縁に恵まれてラッキーだった面はかなり大きいし、出会った方々にとても感謝している。だが文学や音楽といった、世間的には「あまり役に立たない」と思われそうなジャンルでも、それを活かした仕事をすることは不可能ではないことを知り、自分に自信を持った。そして、たまたまとはいえ好きなことを仕事にしたことに、「魔女の宅急便」の「誰でも一つは魔法を持っている」というメッセージを思い出し、自分の人生の道筋が見えた気がした。

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来春から私は親元を離れ一人暮らしを始める予定だが、新しい住居でもお守りとして必ず「魔女の宅急便」を全巻持っていくだろう。13歳で独り立ちしたキキに比べれば随分遅いが、一人暮らしや仕事をすることの楽しさも辛さも、少女のキキと共に分かち合いたいからだ。原作の「魔女の宅急便」の最終巻ではキキが双子の母になり、子育てに奮闘する姿も描かれる。自分のこの先は何もわからないが、自分の人生のライフステージに合わせて、きっとキキは一番近いところで寄り添ってくれる。