あれかな、これかな、と色々考えてみたが、ひとつに絞って挙げるならば「加齢」が最適解のような気がする。

とはいえ齢28、人生の諸先輩方にもしこの答えを見られたら「その歳で何が加齢だ」と鼻で笑われてしまうのかもしれない。

それでも、例えば10年前の自分を思い返すと、確実に私の視界は広がっている。

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10年前、齢18。

当時高校生だった私の視界は、極端に狭かった。学生時代は「学校(教室)≒世界」と当たり雨のように思っていた。「親の言い分=正」も同様に当たり前だった。

終始苦しくて、感情の行き場がどこにもなくて、誰も頼ることができなくなっていた。「今すぐ死んでしまえたら」と、あさっての方向に思考が飛ぶことも日に日に増えていった。

18歳を迎えた誕生日のことは、よく覚えている。

学校には行ったけれど、次第に教室の中にいるのがつらくなり、途中で保健室に逃げ込んだ。この頃から、保健室への逃亡を繰り返すようになっていった覚えがある。何も聞かずに連日迎え入れてくれていた保健室の先生にはもっと感謝するべきだったと、大人になった今は思う。

放課後が近づいてくると、クラスメイトの女の子ふたりが、教室に置きっぱなしだった私の荷物をわざわざ届けに来てくれた。

「聞いたよ!今日お誕生日なんでしょ?おめでとう!」

ふたりとは、特別仲が良いわけではなかった。いわゆる「別のグループ」の女の子たちだった。それでもこうして保健室まで足を運んでくれて、そして誰から聞いたのか誕生日まで祝ってくれて、嬉しさよりも申し訳なさで胸がいっぱいになった。

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ありがとう、と精一杯の笑顔を取り繕いながらも、私は戸惑っていた。

祝われたはずなのに、心が全く明るくならない。誕生日って、もっと多幸感で満たされるものじゃなかったんだっけ?

そのときからだった。ふっと力が抜けたように「もう、いいや」と思った。「生きていたくないな、疲れたな」と、心が萎れていった。

でも、今こうして10年前の出来事を書いていることでもわかる通り、当時の私は「生きていたくないな」と思いながらも「死にたいな」を貫き通せはしなかった。

ふらりふらりと安定しない気持ちを何とか捕まえて、時にはそんな気持ちに身体の主導権を握られながらも、何とか目の前の1日にしがみつくことを重ねてきた。そうしたら、いつの間にか10年が経っていた。

10年前に抱いた、生きることに対する諦念じみたものは、今も完全になくなったわけではない。ふとしたときに平然と顔を出してくることは多々ある。

でも、「だから今すぐ死にたい」とは思わない。それが、10年前と今との違いだ。

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生きることは、今もなおしんどい。

でも、「命が続いていくところまでは生きてみてもいいかな」と思えるくらいにはなった。

この10年の間で、自分の成長にダイレクトにつながるような何か大きな出来事があったわけじゃないけれど、良くも悪くも図太くなったのだと思う。「もうダメかもしれない」と途方に暮れても、案外なんとかなることも肌感で覚えていった。

そういえば、と、キーボードを叩きながらふと思い出す。

22か、23だったか、それくらいの頃にある人から言われた言葉。

「正直言うとさ、死を選択するのが悪いことだとは思わないんだよね。でも、死ぬことなんてやろうと思えばいつでもできるじゃん?だったらそれは最終手段としてとっておいて、もうちょっと生きてみてもいいんじゃない?先のことは誰もわからないし、不確定要素だらけなのがそもそも人生だし、それが怖いところでもあり面白いところでもあると思うけど」

三十路を数年後に控えた今改めて考えても、この言葉はすっと腹落ちする。

大勢に向けた発言として捉えると一部ふさわしくない表現があるかもしれないけれど、それでもこれくらいの“脱力感”が、生きることをほんの少し楽にする術になり得るような気もする。

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そんな風に、年を重ねていくなかでさまざまな人と出会い、別れ、また出会いを繰り返し、見たことのない景色を見て、知らなかった言葉に触れていく。

ひとつひとつは些細なことなのかもしれないけれど、それらすべてが私をここまで生かしてくれたのだと思う。

だからこそ、かつての私のように、狭い視界のなかで息苦しさを覚えている若い子がいたとしたら特に伝えたい。

あなたがいるその場所だけが、世界のすべてではないよ。

あなたが思っているより、世界はずっとずっと大きいよ。

逃げたかったら逃げたっていい。

逃げることは悪いことじゃない。

行きたい方向に「えい」と思い切って走ってみようよ。

もちろん急がずゆっくりでもいいし、動かずにそこでひと休みしてもいい。

もっとわがままになってもいいんだよ。

あなたの人生のハンドルは、あなたが握ってるんだから。

長い長いドライブは、そんなに悪いことばかりでもないよ。

と。