私の手首には、中学3年生の時から蓮の花が咲いている。雨の日、風の日、私がバチバチに激怒している日、ベソベソ泣いている日。お天気や持ち主の機嫌など全く意に介さず、この花たちは常に私の手首で美しく咲き続けてきた。

勿論、本物の花じゃない。私の愛用の腕時計には、文字盤とベルトのところに蓮の花の絵が描かれているのだ。

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その腕時計が私のところにやってきたのは、中学3年生の時だ。「高校受験もあるし、そろそろ自分用の腕時計が一つあったほうが良いと思うよ」。親に連れられて地元のショッピングセンターを訪れ、時計屋で一つ好きな腕時計を選ぶように言われた。とりあえず安くてデザインがそこそこ可愛いものなら何でも良いと思い、店内を適当に物色していた私は、一つの腕時計に目を留めた。

一見シンプルな銀の腕時計に見えるが、よく見ると小さなラインストーンが並んでいて、ベルトと文字盤に花の絵が描かれている。値段もそこまで高くない。え、もうこれでいいじゃん。私は「これ」と、その腕時計を親に指し示した。

店を出てからショッピングセンター内のベンチに座り、買ってもらった腕時計を早速つけようとしたのだが、ベルトが複雑な作りでどうやったら固定できるのかよく分からない。今さっき出たばかりの時計屋に戻り、「すみません~」とやり方を教わって、腕時計は私の手首にしっかりと固定された。喜んだのもつかの間、今度は外し方が分からない。再び「何度もすみません~」と時計屋に戻り、外し方も教わった。よし、これで大丈夫。店員さん、何度もごめんね、ありがとう。そして腕時計、これからよろしく。

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その日から、その腕時計は私の手首に巻かれるようになった。

高校受験のための模試、受験当日、部活の本番、大学受験、入社試験。大事な日には、腕時計が指し示す時間を確認しながら臨んだ。特に大事な予定がない、何でもない普通の日にも、私の手首には腕時計があった。ごくたまに、つけ忘れた状態で出かけて外出先で気がつくと、ちょっと落ち込んだ。

そうそう、大学を卒業する前に行ったフランス旅行でもつけていたなあ。まぬけな私はその時初めて、サイドにくっついている小さなネジを回せば針の進みを調整できることを知ったのだった(何ならそんなネジがついていたことすら知らなかった。7年も使ってたのに)。行きの飛行機の中、どきどきしながらネジを回して腕時計をフランス時間に合わせ、自由行動の日には何度も文字盤を確認したっけ。帰りの飛行機の中で再びネジを回し、日本時間に戻した時には何だかすごく切なかった。

中学の制服から高校の制服、バイト代をはたいて買ったワンピースからオフィスカジュアルへ。私の着る服は変わり続けたし、身長も髪形も変化した。それでも、腕時計だけが変わらずに私の手首に留まり続けた。

気がつけば、腕時計は私の体の一部のようになっていた。

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ある日、ふっと腕時計を見て、「まだ12時半なんて、今日は時間が経つのが遅いねえ」なんて言ったら、親から「何言ってんの。もう14時過ぎてるでしょ」と言われて、一瞬耳を疑った。そっちが何言ってんの?

私はもう一度、腕時計をよーく見た。そして気がついたのである。時計の針、完全に止まってるじゃん…。

「ちょっとー、あんた来月にまた海外旅行行くんでしょ。時計なかったら困るんじゃないの?」

親の声も無視して、私は腕時計の文字盤を凝視していた。信じられない。この8年、針が止まったことなんて一度もなかったのに、何で急にこんなことになっちゃったの?

幸いなことに、私が使っている腕時計は、ブランドの店舗に持って行けば無料で電池交換をしてくれるみたいだったので、早速お店に持って行くことにした。それでも不安だった。電池を変えても動かないままだったら?ただの電池切れじゃなくて完全に故障してるんじゃないの?

8年間頑張ってくれていた腕時計を改めて見て、私は初めて気がついた。

文字盤とベルトに咲いている花は、蓮の花だった。以前から私は蓮の花が好きで、公園の池に咲いていたり、好きな絵師さんの作品に描かれていたりするのを見るとすごく嬉しくなるのだ。ところが信じられないことに、毎日つけている腕時計にその好きな花が描かれているのに全く気がついていなかったのである。時間調整のネジの件と言い、何事も気づくのが遅すぎる人間である。

翼を広げた鳥のようにふわりと花弁を開いている蓮の花の上で、3本の針はやはり止まったままだった。

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当日、お店の人が腕時計の電池を変えてくれている間、私はふらふらと売り物の腕時計を眺めていた。

きらきら輝くラメたっぷりの可愛い腕時計もあった。
有名な絵画をイメージしたデザインの腕時計もあった。
でも、やっぱり私は8年使った蓮の花の腕時計が良いと思った。

結果として、電池交換をしたら腕時計はった。今日も何事もなかったかのように、私の左手首でカッチコッチと針を動かしている。

いやあ良かった良かった。明日は久しぶりに会う友達とお出かけだし、来月には旅行の予定もある。それにまだまだ何十年も私は社会人として働くんだし、この時計にはこれからも頑張ってもらわなきゃ困るのだ。だからこれからも私の左手首で咲き続けていてね。

わざわざ公園の池まで行く必要も、推し絵師のSNSを見に行く必要もない。私の好きな花は季節問わずいつでも私の手首に咲いていて、そしてどこへだって着いてきてくれるのだから。