私は、父と血縁関係がありません。生まれてから小学校に入学するまでの6年間、母はシングルマザーとして私のことを育ててくれました。

母の実家は長年飲食店を営んでいて、地元でも愛される有名なお店でした。祖母は和食店の女将として働き、母はイタリアンレストランを立ち上げてソムリエとしても働いていました。その間私のことは祖父がみていてくれました。

そのすべてがはいった母の実家の飲食店のビルは、私にとって2つ目のおうちのような感覚でした。

そこではお店に来てくださるお客様にたくさん抱っこしてもらったり、かわいがってもらったりしました。だから私は母子家庭であるという事実を悲しく感じたり、自分のことをかわいそうだと思ったりしたことはありませんでした。強がって言っているのではなくて、今でもこころの底からそう思っています。

幼稚園の行事である家族遠足には必ず母の弟がお父さん代わりとして参加してくれて、帰宅がどんなに遅くてもお弁当が必要な日は母が手の込んだおいしいお弁当を作ってくれていました。

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私が幼い頃に経験してきたこのようなことは、確実に私の視野を広げてくれました。「家族のかたち」は1つではないこと、「愛のかたち」も1つではないこと、この2つを私は同世代の他の人よりもきっと少しだけ、よく知っているからです。

小学校に入学すると同時に私に父ができ、その後妹もできました。当初は父と波長が合わず、父に向かってひどいこともたくさん言いました。父とぶつかるたびに、父親がいる生活よりも母と2人の生活の方が幸せだと感じていたからです。

しかし年を重ねるにつれて、私が父と仲良くすることで生じるメリットがあるということに気が付いたのです。それは、妹への影響です。この子は私と違って生まれたときから親が2人いる。妹には、その事実があるからこその幸せを味わって欲しいと思ったのです。

このように考えられたのは、きっと幼い頃からお店に来てくださるお客様の多くの「家族のかたち」を見てきたからだと、今思うことができています。

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母とともに祖父母は、私に多くのことを教えてくれました。

多くの知識や知恵を私に与えてくれた中から、私は1つ、生きるうえでとても大切なことを学びました。それは、「楽しいときもそうでないときも笑顔でいたら幸せが舞い込んでくる」ということです。

幼い頃から私が笑っていると、それをみた周りの人が笑顔になっていました。たとえつらくても笑顔を忘れずにいることで、自分にも周りにも幸せがよってくると信じているのです。きっとこれも私の視野を広げてくれているものの1つなのだと思います。

私が生まれた環境も、私が育ってきた環境も、父とたくさんもめた時期の過去も、母や祖父母が私に与えてくれたことも、すべてのことが私の視野を広げてきてくれたものなのだと思います。

私が今後生きていく中で、知らない世界や分からない分野に足を踏み入れるシチュエーションを迎えたとき、これらの経験はきっと私を人として成長させるとともに、私の視野を広げてくれると私は思っています。