"30歳までは"
そんな30歳はあっという間にやってきた。あっという間なのかすら分からない。ただ、もう、気づけば30歳を迎えてしまうみたいだ。

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いわゆる普通の人生からフェードアウトしたのは25歳の時。多分悔しかったのだろう。仕事を辞めたこと。恋人がいなくなったこと。友達と疎遠になったこと。

人生で誰しも経験するであろう分岐点が一気にやってきて、生まれたものは向上心でもなければ自己愛でもなく"他人を妬む心"だった。自分にないものを持っている人をたくさん恨んで、自分を傷つける人を攻撃して、自分を愛してくれる人にですら「何も分かってないくせに」と、暴言を吐いた。

皆が毎日働き、結婚し、子供を育てる中、"このままじゃ終われない"と、手当たり次第に挑戦した。何かを達成したかったのではなく、達成した人になりたかったのだと思う。やりたいことを叶えたいというよりもやりたいことを叶えた人になりたかった。

つまり夢なんてなくて、成功者になることが夢だった。5年かかってようやく自分自身を冷静に見れるようになってきたみたいだ。

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とにかく成功者になりたかった私は手当たり次第挑戦した。ブランド物で全身を固めたキラキラする女の子に憧れて夜のお店で働き始めたり、英語を話す外国人に憧れて海外移住を目論みたり。そんな中知り合った海外のミュージシャンに声を褒められた時には、嬉しくて舞い上がった勢いでYouTubeに動画をアップした。

推しが好きすぎて愛を語るだけのSNSを始めて見たり、甥っ子に絵本を読み聞かせるのが楽しくて絵本を書いたり、編み物にハマってネットショップで販売してみたり。でも結果として何も成功しなかった。

だって別にそれをやりたかったわけじゃなく、それを使って"成功者"になりたかっただけだから。だから心はすぐに折れたし、全部そこそこで終わった。小さなキャバクラですらNo.1にはなれなかったし、海外の友達は増えたけど、まだ日本にいる。YouTubeに褒めてくれるコメントを貰ったりもしたけどCDデビューはしていない。

 SNSで仲間は出来たけれどライターとしての仕事には落ちた。最終選考まで残ったことはあるけれど、出版されたものは何もない。売った作品を付けてもらえるのは嬉しいけれど、労力などを考えると商売にはならなかった。結局何も達成できずじまい。

それ以外にも新しく経験したことはたくさんあった。密かに憧れていたけれど10日程で挫折した田舎暮らし。楽しかったけれど穏やかではなかった東京生活。密かに憧れていたシェアハウスでの集団生活や、あまり誇れる物ではないけれどネカフェ生活をしたこともある。

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1番大きく広がったのは人間関係だろう。それまでは自分と似たような環境の子ばかりで、自分を存分に愛してくれる両親がいて、お互いに気遣い合う兄弟がいて、ありきたりな青春時代を過ごして大学に行って、みんなと一緒に就活をして週に5日働く。

それが当たり前だと思っていたけれど、両親と仲が悪い人、兄弟の連絡先を知らない人、中学を卒業後すぐに働き始めた人、ひと月働いてふた月休む人。世の中にはたくさんの人がいて、自分の常識が誰にでも当てはまるわけではないと知った。

人種の幅が広がったのも大きかった。夜にコンビニに行くことや80歳まで生きることが当たり前なんかじゃない。将来の夢を描けることや転職という選択肢があることが当たり前なんかじゃない。何も考えずに眠れることが当たり前なんかじゃない。様々な国の人たちと話していると、どれほど日本が安全で住み良い環境なのかを思い知った。

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とまあこれだけたくさんの経験をして、たくさんの挑戦もしたけれど、20代のうちは何も残せなかった。母の口癖を借りると「1点足りなかったは0点と一緒」「リーチはビンゴじゃない」つまるところ何もしなかったも同然の、無のような時間だった。

30歳をゴールとするならば私は花を咲かせられなかった木だ。けれど人生単位で考えると、きっと大切な時間や経験だったと思う。もし仕事を続け、結婚し、子育てをして。そんな生活を続けていたら?

それはそれで幸せであったと思うけれど、世間知らずで打たれ弱くて、でも自分が天才だと信じてやまないちょっと嫌なやつになっていたと思う。何かあればすぐに旦那さんに泣きついて子供に呆れられるようなか弱いお母さんになっていたと思う。自分の常識で世の中を語る嫌なおばあちゃんになっていたかもしれない。

けれど、たくさんの挫折のおかげで謙虚に生きれるようになった。世界が広くなって、世界の広さを知った。ありとあらゆる経験のおかげで人間的な深みは増したと思うし、何よりもちょっとやそっとで折れたりしない強さがついた。

20代のうちは花は咲かなかった。けれど、目には見えない根っこの部分が、5年間で経験したありとあらゆる出来事が、これからの人生で必ず役に立つと思うし、それを乗り越えた経験が今後の私の人生のお守りになると思う。