私のお守りは、今まで出会った人たちの『名刺』だ。

転職をする前は、名刺をもらってもすぐに管轄が変わってしまって、それを大切に思う時間すらなかった。けれど、今の職場にきて自分自身の出会いが誰かの支えになることをひしひしと感じている。

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今回はその中のひとつの出会いについて書きたい

そのおまもりをいただいたのは、とある学会だった。初めての学会参加だった私はとにかく挨拶をするたびに自分の名刺を配って、配って、配りまくった。誰に渡したのかも忘れてしまうくらい。

手元の名刺ケースに入っているそれは、私の名刺よりもいただいた名刺のほうが多かったかもしれない。たくさんの人に出会い、そして挨拶をした。

その年の年末、私はなんとなく今年一年で出会い、名刺をいただいた方に挨拶の連絡をした。メールではあったものの、一通、一通、心を込めた。

季節の挨拶、お世話になったこと、その人の思い出、年末の挨拶と来年もお世話になりますと、とにかくたくさんのメールを送った。無駄な時間だと思う人もいるかもしれないが、私にはこれが必要だと思った。そうすると、ぽつり、ぽつりと返信があった。私のことを覚えてくれている人もいた。純粋に嬉しかった。出会いとはこうやって、点が線になっていくのだと思った。

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その中で一人、ひときわ気になる人がいた。私の季節の言葉に、新たな季節の言葉を添えて返してくれる人がいたのだ。

正直、これはビジネスメールである。事務的な挨拶でも十分伝わるものがあるのに、この人は、私の「オリオン座が一等美しく輝く季節ですね」に対して「白い息からのぞく星々も美しいものです」と返してくださった。

感動した。この時代で、歌を詠んだら、返歌があったような驚きだった。その人は、私が所属する会社のすぐ近くにある事業所の所長だった。翌年、私はこの返歌にまた新しい歌を詠みたいと思った。

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この時代、四季を感じるのが難しいなかで確実に四季を感じられること、それを必死に考えながら、季節の挨拶として「新しい年を迎え、参拝客の鈴の音が聞こえてきそうな季節となりましたね」と告げた。

相手は「初詣にはいかれましたでしょうか、境内の石が軋む音が聞こえてきそうですね」と返してくださった。これは間違いない。返歌だ。私のまどろっこしい季節の言葉に返してくださっているのだ。

そう思って、嬉しくなって、思わず以下のように返信してしまった。「いつも季節の言葉を添えてくださりありがとうございます。勝手に同じように季節を大切にしている方がいらっしゃると思って嬉しくなりました」と。

そうすると、相手も同じようなことを考えていたようで、メールにて意気投合した。実に嬉しい体験だった。

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そして、数日。私の会社で一件、どうすればよいか迷う事例があった。どこか頼める事業所はないだろうかと考えたとき、季節を大事にする所長のことを思い出した。私は勢いでその方に電話をし、相談した。

電話の向こうは柔らかい口調の優しい所長がいた。事情を説明するとぜひうちで請け負わせてほしいとの返答をいただいた。それからとんとん拍子で物事は進んでいき、事例はなんとかおさまった。

改めて、挨拶をしに事業所へ足を運ぶと所長とはまるで長年の文通相手のように話すことができた。改めて、人との縁を感じる瞬間となった。

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今回は、名刺からメールをしつながった縁の話をしたが、これ以外にも名刺から電話をして、共同の仕事をしたり、研究の見学をさせてもらったりと、様々な体験をしている。

転職前までは「これって意味があるのだろうか」と思っていた名刺だったが、今の仕事ではとても大切なおまもりだ。これからもこの仕事を続けていくうえで、この名刺がどこかに導いてくれるような気がして、自分の名刺を眺めながら「シャキッとしよう」と思う。そして、今までいただいた名刺を見ながらたくさんの縁に感謝して、一枚いちまい保存していく。

私はこれから、仕事で道に迷ったときには名刺フォルダをめくるのだろう。そうして、人の縁を通じて迷える道から一歩ずつ進んでいくのだ。