怒ることは恥ずかしいことだと思っていた。

いちいち何かに楯突いて怒ってる人を見て恥ずかしいと思っていた。何か嫌なこと言われてもスルーすればいい、笑ってその場を乗り切ればいい。だって嫌なことを言ってくる人にかまっている暇なんてないんだから。周りに波風を立てず過ごすのが大人。いちいち怒る人たちは子供っぽい。そんなにイライラしててみっともない。ずっとそう思っていた。あの時までは。

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フランスに留学したばかりの頃、同じクラスの韓国人の女の子と少し仲良くなって、一緒にカフェに行くことになった。学校の外に出て喋りながら道を歩いてた時、道路を挟んだ反対側でフランス人ティーンくらいの男子集団が私たちに向かって何か叫びながらゲラゲラ笑っていた。隣にいたその子がすかさず怒鳴り返して彼らに向かって中指を立てていた。彼らは笑いながら通り過ぎていった。私は何が起こったのかわからなくてただ隣に居た。そしたら彼女が「聞いた?あいつらうちらに向かって中国人!って言いながら笑ってたよ」と怒りながら言ってきた。

それに対して私は「でも…私たちどっちも中国人じゃないのにね」と言って曖昧に笑った。

カフェに着いた後彼女は言った。

「あれって人種差別だよ。この国に来てから何度も人種差別を受けてる。不愉快
そしてスマホを取り出して、「死ねってフランス語でこういうんだよ」と教えてくれた。それを聞いて、私は衝撃を受けた。

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こんな風に怒ってもいいんだ…
本当にビックリした。今までの価値観が一変した瞬間だった。

私は嫌なことがあった時、何もしないで受け流していた。誰に教えられたわけでもないけど、それが正解だと思っていた。そうやって受け入れてるのは私だけじゃなくて私の周りもそうだった。だから道の向こうから私たちをからかってきた人に対して瞬時に怒鳴る彼女を見て「こんなことしていいんだ…!」と衝撃を受けた。でも、みっともないなんて全く思わなくて、嫌なことは嫌だと怒る彼女はカッコよかった。

フランスに着いたばかりの頃、カフェで店員が私だけを無視しようとも、「外国に行けばこういうこともあるよ」と受け入れていた。海外だけではない。日本にいた時も、わざと私が並んでいる前に割り込んでくる人がいた。何故かわからないけど人によって態度を変える人がいた。それを「仕方がない」と受け入れて何もしなかった。「怒る」なんて選択肢は初めからなかった。あの時もあの時も、私は怒っても良かったんだ。これは人種差別だと言って良かった。私は前からここに並んでましたと主張して良かったんだ。

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怒ること、自分の意見を主張すること、それをしてはダメだなんて誰にも教えられたわけではないのに、それまでは知らなかった。いや、本当は知っていたけど、知らないふりをしていたんだと思う。私には変えられないって諦めて受け入れるのが楽だったから。怒って、そしてそのあとどうなるかを考えると怖かった。そうやって我慢していくうちに怒りを感じなくなり「怒るなんてみっともない、受け流すのが正解」という考えにすり替わっていっていたんだ。

クラスメイト達とボーリングに行った時、隣のレーンにいたフランス人集団のうちの酔った1人が私たちに絡んできた。その時も彼女が「私たちは私たちだけで楽しんでいるから。邪魔しないで」とキッパリ言った。そしたら別のフランス人が「彼は酔いすぎて居るんだ、もう君たちには近づかせないようにする。迷惑をかけて悪かった」と言った。その時もまた衝撃を受けた。知らない人たちに「邪魔しないで」とキッパリ言える彼女の強さ、そして主張したら彼らが謝ってきたこと。今までは怒っても何も変わらないと思いこんでいた。でも変わるんだ。言わなきゃ何も変わらないんだ。

怒ること、主張することは大切なこと。それをしないで我慢していると辛くなるし、状況は何も変わらない。それは彼女と過ごして得たとても大きな学びだった。これからはもっと怒る。みっともなく生きる。嫌なことは嫌だと言う。我慢しない。

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そう決意しても、やっぱり怒るのは、主張するのには勇気がいる。大学を卒業し、会社に入社し、気分屋のお局様に理不尽にいびられた。周りの人は「あの人はそういう人だから」「社会に出ればこんなこといくらでもあるから」と言った。もしここで私が怒ったら、周りからどう思われるか怖い。そんなことで我慢できない自分が悪い気がする。これを言ったら自分の立場はどうなってしまうんだろうと不安になった。でもそんな時、フランスで出会った韓国人の彼女を思い出した。彼女の強さ、そして彼女を心から尊敬してそうなりたいと思った気持ちを思い出し、自分を奮い立たせた。そしてこう言った。

「こんなのおかしいです

その後、何かある度に私がおかしいと言い続けたら、段々周りの人も状況を改善するために動いてくれて、結局は私が異動させられることになった。周りの人から見たら、私は周りに合わせることができない子供っぽいやつだっただろう。でも私は、自分自身の気持ちに素直に従い、勇気を出し怒って状況を変えた自分自身を誇りに思っている。これからも納得できない理不尽な状況にに何度もぶち当たると思う。その度に「仕方がない」と諦めず、主張して、怒って、みっともなく生きていきたい。