10代の頃、義理チョコが嫌いだった。
友達が少なかったらそう思うのかもしれない。
あるいはわたしだけなのかもしれない。
バレンタインになると、男女関係なくチョコレートをばらまく男女モテする女子への嫉妬からかもしれない。
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とにかくそんなに好きじゃないくせに好意を振舞いているように見えていた。
だからわたしは好きな人にしかあげない。安売りしないぞと謎のプライドを持っていた。
だから10代は本命チョコ一択だったと思う。
もちろん女の子同士の交換はそこそこ参加していた。
なので男の子に渡したのは本命だけという事になる。
10代の頃、義理チョコが苦手だった理由にはいくつかの要素が絡んでいた。
まず第一に、友達が少なかったこと。
バレンタインになると教室中がチョコのやり取りで賑わう中、友達の輪が広がらない孤独さを感じていた。
また、男女関係なくチョコをもらう友達に対する嫉妬心も拭えなかった。
自分がモテないことへの焦りと、他の誰かがモテていることへの嫉妬が入り混じり、 義理チョコの存在がますます鬱陶しく感じられた。
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加えて、義理チョコを渡すことで、自分が相手に好意を抱いているかのような錯覚を招くことが嫌だった。
気になる相手には本命チョコを渡し、それ以外は遠慮していた。
自分の気持ちを素直に表現することが苦手で、義理チョコを使って相手にアプローチすることに不安を感じていたのかもしれない。
やがて大人になって、わたしも随分変わった。
時が経つにつれて、人間関係や恋愛に対する見方が変わっていった。
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20代になり社会人になった今はどうかというと、義理チョコが大好き。
義理チョコという口実で好意を振りまけるバレンタインという機会が大好きになった。
義理チョコが新たなコミュニケーションの手段となることに気づいた。
同僚や友人への気軽なプレゼントとして、義理チョコが活躍する瞬間が増え、その楽しさに魅了された。
この変化には、人とのつながりが増え、相手への感謝や友情が深まったことが影響しているようだ。
義理チョコを通じて、普段言葉にしづらい感謝の気持ちや親近感を伝えることができる。
そして、それが嬉しい反応や笑顔となって返ってくることで、心が豊かになる瞬間を味わえるようになった。
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今では、本命チョコだけでなく、義理チョコも大切な友人や同僚に贈り、その交流を深めている。
これは大きな変化。
10代の頃感じていた「そんなに好きじゃないのに渡している」という感覚はいい意味でない。
人としての好意をちゃんと感じている。
いや、しっかり感じている人にだけ渡している。
本当にたくさんの人に義理チョコをプレゼントする。
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それだけ大切な人が増えた嬉しいこと。
同時に物事への見方が変わっていることに嬉しくなる。
義理チョコを通じて人間関係が豊かになり、それが自分の成長にも繋がっていることに感謝でいっぱい。
大人になるということは、自分自身と向き合い、他者との関わりを大切にすること。
そんな素敵な変化をバレンタインが教えてくれたなんて、10代の頃の自分には想像もつかなかったことだ。
大人になるって素敵なことだな〜。