長らく、私は家事のなかだと料理が一番好きなのだろうと当たり前のように思っていた。
他の家事と比べると、とにかく種類に富んでいるからだ。調理方法、使う食材、味つけ……どれをとっても幅が広い。レパートリーは増やそうと思えばいくらでも増やすことができるだろう。
それに、何より料理は人間の3大欲求のうちの1つを満たすことにもつながる。これは、他の家事にはない大きな利点だ。
食べることは、いつだって幸福を運んでくれる。作った料理の出来がいいときはより一層満足度が上がる。「うまっ!」と一緒に食べてくれるパートナーのリアクションも上々であれば、満足度は最高ランクの星5つをくれてやってもいい。
ただ、いつだかはっと気づいた。
「料理じゃなくて、もしかしたら私が一番好きな家事は洗濯なのではないか?」と。
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いつだったかは、もう忘れてしまった。それくらい、どうということのない平凡な日常の中でのささやかな発見だったからだ。
居間でパソコンを広げて仕事をしているときか、テレビを観ているときか、はたまたぼうっと考え事をしているときだったか。太陽は空の程高い位置にあって、風が少しだけ吹いていた。窓のすぐ外にある物干し竿に吊るされた洗濯物がゆらゆらと揺れているのが、レースカーテン越しに映った。
それこそ、どうということのない風景だった。干してある服やタオルは、何も特別お気に入りというわけでもない。くたくたに使い古した物だって中には紛れている。
でも、私はその風に揺れる洗濯物を目にしたとき、何だかたまらなく癒されたのだ。ハンガーにかけられた洗濯物の向こう側に広がる景色も見慣れたものだったけれど、しばらくの間、私は窓の外に見入ってしまった。
空いていたお腹を満たしたときに感じるものとはまた少し異なる、ひっそりとした幸福感。
この小さな幸せの存在に気づいて以来、干した洗濯物を私はよく眺めるようになった。
無風でもいけないし、ごうごうと音が聞こえるほどの強風でもいけない。微風が一番なのだ。ひかえめにそよそよと吹く風の流れに合わせて、やさしくゆらゆらと揺れる洗濯物が最高なのだ。
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なぜ、風で揺れる洗濯物を見ているだけで幸せが満ちてゆくのか、今回このエッセイを書くにあたり改めて考えてみた。あくまで私が思うに……だが、「1/fゆらぎ」が関係しているような気がする。そんなひとつの推測にふとたどり着いた。
ご存知の方も多いかもしれないが、「1/fゆらぎ」とは、一見規則的に見えるけれど実は不規則な動きやリズムを指す言葉だ。ろうそくや焚き火の炎、波や雨の音、鳥のさえずりなどが1/fゆらぎにあたる。
1/fゆらぎは、人が心地いいと感じる癒しそのもののことらしい。
私自身、部屋でキャンドルを焚くのも好きだし、自然界の音を用いたヒーリングミュージックを聴くのも好きだ。元々が田舎育ちということもあり、川が流れる音だったり、鳥や虫やカエルの声だったりに触れるとノスタルジーな気持ちも胸の底からあふれてくる。
洗濯物を揺らしている風には、言うまでもなく人の手は加わっていない。自然発生的なものだ。
この身近すぎる1/fゆらぎを見つけてからというもの、洗濯に対する意識が少しだけ変わったような気がする。洗濯物の量がどれだけ多かろうが、かんかん照りだろうが極寒だろうが、外に干すという作業がそこまで苦ではなくなった。
干さないと、あのとびきり心地いい癒しを感じることはできないから。
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そんな私だが、最近引っ越しをした。
新築物件ということもあり、あらゆる機能が新しい。浴室には冷暖房や乾燥機能が備わっており、思わず感動してしまった。これまで住んできた家の浴室は、ごくごく一般的な換気機能のみだったからだ。
天気がイマイチだった先日、初めて浴室乾燥機を使った。今までなら1日中部屋に干しっぱなしでもどこかじめじめしていた服が、たった3〜4時間程度でパリッと乾いてしまったのは驚愕だった。
スイッチを入れた瞬間、なかなかの勢いで送風口から吹き出てきた温かい風。吊るされた服が、狭い浴室でゆらゆらと揺れる。
間違いなく、便利な機能だとは思った。でも、外干しの洗濯物から感じられるような癒しは、そこにはなかった。
白くて小さな四角い浴室と、木や草や花がそこかしこで息づく空の下。人工的な送風口と、目には見えない大気の流れ。電源ONによって流れ出す無機質な風と、その日その日によって異なる変則的な自然の風。
たとえ同じように洗濯物が風に吹かれていたとしても、浴室乾燥機を使った室内干しと外干しには大きな隔たりがある。外干しした洗濯物の揺れはやっぱり1/fゆらぎなのだと、より確信した瞬間だった。
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だらだらと書いてしまったが、一番好きな家事は?という問いに対する答えは「洗濯物を外に干すこと」なのだろう。その答えの裏側には、外干しならではの1/fゆらぎによる幸福感が潜んでいる。
冒頭に書いた料理も確かに楽しいものではあるけれど、買い出しをして、具材を切って、鍋を振るって、汚れた調理器具や食器を洗って……と、やっぱりかかる手間を面倒に感じてしまうことはある。少しでも面倒だと思ってしまったら、そこに癒しなんていうものは残念ながら生まれ得ない。
何だか最近疲れているな、癒しが足りないな、あー家事面倒くさいな。そんな風に感じている方がもしいたとしたら、ぜひ窓の外に目を向けて見てほしい。そこで洗濯物が風に揺られていたら、ちょっとの間だけでもいいのでぼんやり眺めてみてほしい。騙されたと思って。
何でもない日常のなかで出会える1/fゆらぎを、誰か1人にでもおすそ分けできたら。なんて。