21歳の冬。大学3年生から4年生に上がるころだった。わたしは「生き方」を決めなければいけなくなった。
かなり早くから就職活動を行っていたこともあって、新年を迎えたころにはかなり疲弊し、一刻も早く就職活動を終えたい一心だった。一部の優秀な友人はすでに内々定を頂き、わたしにはまだ内々定がないことを思いから、焦っていた。競争の激しさ、自己分析を行うことの重要性、スキルや経験。人と比べ、人に打ち勝つ。わたしは、日々努力していた。
それでもぶつかったのが、自分のキャリアと生涯設計についての壁だった。

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わたしが就職活動の軸として決めたことは、生涯を通じて働けること、自分の能力を最大限に引き出し、発揮し、キャリアを築いていけることだった。
結婚をして妊娠や出産、いわゆる“普通の女性”としての人生を歩もうとすると、どうしても仕事を中断することとなり、キャリアも、お給料も男性のように、とはいかない。会社によっては、産休・育休からの復帰率が低く、どちらを選ぶか決断しなければいけない。もし自分の夢と、まだ見ぬ家族を天秤にかけたら、どっちを優先するのだろうか。まだ二十歳そこそこのわたしには、将来のことなんて今が精一杯で想像することもできなかった。どうすることもできなくて、ただひたすら就職活動にがむしゃらに打ち込むばかりであった。

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色々な企業を見て、エントリーシートを書き、面接を行っていく中で自分の目標ともいえる女性に出会った。その女性はある大企業の最終面接に参加していた人事の方で、わたしと年齢の近いお子さんもいる、とのことだった。なんとなく、わたしの両親世代より上の時代は女性が役職に就いて活躍するのは珍しい、と思っていたので驚いた。聞けばお子さんがいながらも店長や支店長、地域包括リーダーになり、ついに人事部で最終面接を行うような立場になったという。その中でたくさん苦労もあったろう。周囲のサポートや、彼女自身の努力が、キャリアへと繋がったのである。

わたしは彼女の様に、偉大な女性になりたい。彼女の成し遂げた功績を継いで、またわたしの次の女性の希望となりたい。女性でも、妊娠や出産、育児を経験していても、キャリアは追求することができると伝えたい。

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また、わたしの就職する予定の企業は、リターン制度、というものがある。これは、出産や育児、介護で会社を辞めざるを得なくなった社員に対し、復帰の希望を申請できる、という制度である。この制度は一時的に職場を離れていたとしても、戻る場所があるといってもらえているようで、好きだ。もちろん復帰後のサポートや給与やキャリアの面ではまだまだ課題があるものの、自分の居場所があるというのは、この先も生きていく中で、安心して今を過ごせると思う。

わたしはこの先も、ずっとこの壁にぶつかることが幾度となくある。きっとだ。
しかし、どちらも重視できる、どちらも選べるのだから。わたしはわたしのビジョンのために進んでいかなければならない。