女性にとって30というのは大きな壁なのかもしれない。

コロナは、多くの人にとってそうだったように私の置かれた環境を一変させた。
当時の私は20代後半。
役者で食っていくことを夢見ながらもそれだけでは食べてはいけずアルバイトで生計を立てる、そんな生活を送っていた。
騙し騙し続けていた私の(自称)俳優活動は緊急事態宣言の発令と共に閑古鳥、大型商業施設内にある勤め先は緊急事態宣言のあおりをくらって休業した。
人生史上初の金銭的な危機感を持った期間。
もともと貯金が出来るような稼ぎでは無い。
減っていく口座残高を見ながら、「生きていけないかもしれない」という言いようのない恐怖が湧き上がってくる。
恐怖は、いつまでこの生活を続けられるだろう、という疑問に直結した。
俳優業が軌道に乗るような気配はない。
適性が無いのかバイト先の給与は考査の度に減っていく。
20代の今はいい、これから40、50代になってもずっとこのままなのだろうか。
体力という視点でみれば人生はここから下り坂、今の生活を老いてなお続けていくイメージが当時の私にはできなかった。
それまでぼんやりと考えていた俳優活動の潮時と就職というものが急に具体性を帯びてくる。
28歳だった。

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就職を決意したものの、新卒と呼ばれる時期にすら就職活動を行ってこなかった私の就活は難航した。
バイトをしながらということもあるが半年が経ち、一年が経っても一社も内定が出ないような状況。
履歴書に書ける経験が何か必要なのではないかと、働きながら通える職業訓練校を探し、元々興味のあったWEBデザインを学んでみたりした。
しかし実際に職業訓練校を卒業し、学校の用意した就業先の候補にはWEBデザインが活かせそうな職場は一つもない。後に数社の面談を受けて分かったことだが、WEBデザインはコロナ禍で急激に需要の高まった副業ブームで成り手が急増。既に飽和状態で、特に当初私が希望していたデザイン側の求人は美大や専門学校を出た人々の独壇場だった。
そんなことも知らなかった私はまだキラキラ転職を捨てきれず、学校の提案する就職先を蹴ってまたしても就活難民になった。
履歴書に書ける内容は増えたものの一向に進まない就職活動。
いつの間にやら30歳になり20代ブランドを失ってしまった。

だんだんと腐っていく私をみかねた友人から、かつて友人が転職に利用した派遣会社を紹介された。クリエイティブ系の求人を多く扱うその会社なら少しでも希望職種に近づけるかもしれない。一縷の望みをかけて行った派遣登録。
オンライン上の登録は、ものの十分程度で済んだ。
返ってきたのは、私の経歴に対して紹介出来る求人は無い、という簡素なメールの返信だけ。他の会社なら別の求人があるかもしれない。
諦めきれない私はネットで検索をかけ派遣会社のサイトを転々とした。
ほとんどなしのつぶてだったが、一社だけ面接に引っかかった会社があった。

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緊張とともに迎えた面接当日。
PCの画面の向こうの女性は「一緒に転職活動頑張りましょう!!」と朗らかに笑っている。
この人が担当なら、一向に進まない就職活動も前進するかもしれない。
当時の私にはその笑顔が希望の光のように見えた。
他所では高望みだと言われた私の希望職種も否定することなく、経験を積んでいけば道が繋がるかもしれないから、とど真ん中とは言えないまでも希望職種に近い求人を紹介してくれる。
これまでのアドバイザーと違う対応に、私は彼女を完全に頼りにするようになっていた。
不採用が続いても以前のような絶望感は無い。
今回はダメでも次はどこかに引っ掛かるかもしれない。どんどん挑戦していこう。
私はそう思っていた。
面談と求人応募の繰り返し、それが三回ほど続いた頃だろうか、その日の定期面談は様子が違った。
普段よりもトーンの暗い挨拶から始まった面談で、彼女はこう切り出した。
「ご提案があるのですが〜」
曰く、これまで空振りだったことからも分かる通り未経験、年齢、そういうものから紹介できる仕事にも限りがある。紹介出来たとしても就業に繋げられない。職種の幅を広げてみてはどうだろうかということだった。

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そうしてそれとなく提案されたのは、これまで従事してきた接客系の職種だった。今の業種への強いストレスから避けたいと最初に伝えていた業種、何より最初に言っていた経験を積んでいけば道が開けるかもしれないという言葉はなんだったのか。こちらが勝手に期待感を持っていただけ。それだけだが、信頼していただけに失望感が大きく、その後LINEに送られてきた求人情報はロクに見ることもなく私は彼女との連絡を絶ってしまった。

同じ頃、並行して応募していた放送系の職種では面談の席で「うち、給料そんなに出せないけど一人暮らしで大丈夫?」と暗に実家暮らしや既婚者の女性が欲しい、とほのめかされた。
一人で生きていくために未経験からでも手に職をつけたい。
できればクリエイティブ系の職種に就きたい。
そう思うのは高望みなのだろうかとSNSでこぼしたところ、人材系に勤めている同級生からこんなコメントがついた。
「明記はしてないけど、特に女は結婚・出産もあって年齢制限厳しいことがあるからね」

たった数行のそのコメントに私はとてつもない脱力感を覚えた。
そうして私は妥協の結果、希望職種とは遠い、でも職種的には近いとも言えなくはない事務の仕事についた。

希望する職についている人を横目に仕事をする生活が始まった。
目に見えるだけに、今でもずっと、作る側の人間になりたいという焦燥感が消えない。

私のキャリアサバイブは続く。