大学在学中、成人式の振袖写真を販売するアルバイトをしていた。
以前投稿した「ヒリヒリしながら必死で十万円コースを勧めていた日々が時々恋しくなる」)というエッセイのなかでも書いているが、様々なアルバイトを経験した中で、最も働く楽しさを教えてくれた仕事だった。

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1家庭に1時間以上接客する場合が多く、毎月個人の売り上げランキングが貼り出される。コミュニケーションが得意ではない私にとってはハードルの高い内容だったが、高額な商品売れたときの幸福感がやみつきになった。
楽しくて楽しくて、販売職で就職先を探そうと考えた時期もあったくらいだ。実際、就活サイトで似たような求人をお気に入りに登録したり、説明会を受けたりもしていた。しかし、結局私は販売とは全く関係ない職種を選んだ。その判断を後押ししたのは、人の友人の存在だった。

このアルバイトは大学の同期から紹介してもらった。その子はありとあらゆる同級生に声をかけていたため、私以外に4人の大学同期がこの職場で働いていた。仕事を楽しめていたのはそのおかげもあったと思う。空き時間に他愛もない雑談をしたり、売り上げ向上策について気軽に話し合える環境があった。

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4人のうち、私と同じ時期に働き始めたのは2人だった。同時に研修を受け、OJT期間を経て独り立ちした。はじめは似たり寄ったりな売り上げだった私たちだが、徐々に成績に差が生まれだした。1人が安定して高い数字を叩き出すようになったのだ。彼女のことは、ここからAちゃんとする。

Aちゃんは、明るい子だった。臆さず自己開示できるタイプで、私とは正反対だと思う。その性格が売り上げに良い影響を与えたのは間違いないだろうが、彼女はそれだけでなく、細かい所作にまで気を配っていた。
心理学的に、人は手を隠している相手には「心を開いていない」という印象を抱くらしい。だから手は常にテーブルの上に置くようにする。
自分と同様の仕草をする相手に好感を持つ人が多い。この効果を意識し、不自然でない範囲でお客さんの動きを真似る。

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彼女からこのようなことを意識していると聞いたとき、そんなところまで考えているなんて、と度肝を抜かれた。コミュニケーション能力に難が無いAちゃんだからこそ到達できる、深い地点だ。 働き始めて2年経つ頃には、Aちゃんは全国に50人ほどいる販売員のランキングで何度も1位を獲っていた。私も自分なりに頑張ってはみたものの、2位や3位を数回獲得するのが精々だった。自分には越えられない、高い壁を感じた。

「真のコミュ強」には敵わない。そう悟った私は、販売の求人を探すのをやめた。
今の仕事では、接客どころか他社とのやりとりをすることすらない。たまに販売でしか得られなかったドキドキ感が恋しくなったりもするけれど、こっちの職種の方が肌に合っていると感じる。
今思えば、あのとき感じた壁は、進むべき方向への順路を作ってくれていたのかもしれない。