3月最終日。
図書館で借りた三島由紀夫の「命売ります」を読みながら、2時間の鈍行電車に揺られ、作家志望の人が集う専門学校の見学に行くべく上京した。
昨日は少し外に出るだけでも凍えてしまいそうなほど寒く雨が降っていたのに、その日は一転して暖かく、街行く人も私も、着ていたコートを小脇に抱えながら春めく渋谷を歩いていた。

どうして渋谷という街は、行く度にこんなにワクワクさせてくれるんだろう。住みたいかと聞かれたら口ごもってしまうけれど、色々な人種・性別の人々がそれぞれのファッションで、それぞれの目的で巨大な川の流れのようにうごめいている。
お買い物であったり、ビジネスであったり、YouTube撮影であったり、宗教や夜の職業の勧誘であったり、マッチングアプリで出会ったりであったり。
小学生の時ワクワクした109の前で、ふと立ち止まりあの時の感情をもう一度味わう。少女の憧れが詰まったあのビルに、今また入ろうとは思えなかった。

◎          ◎ 

トコトコと歩いて学校につき、有名な作家の先生による30分の授業と学校の説明を受けた。

授業の中で、「この文章から、どんな性別の人か想像してみよう」というのがあった。その文章は先生が考えたもので、「朝、分厚いダウンコートを羽織って散歩に出かけてみると〜(中略)そうか、空気が乾燥しているから積もらないんだなぁ」という一文から私以外の3人の人は「男性」と答えていた。
私はというと、「わからないです。様々な状況が想像できるので」と発言した。そうしたら先生はちょっと呆れたような顔で、「まあ大体男性だということが想像できますね。こういう文章を読み取るために、普段から五感のセンサーを働かせましょう」と言っていた。

なぜ私が「わからない」と答えたかと言うと、性的少数者かもしれないし、ストレートの女性だって使うモノ・言葉だからだ。分厚いダウンコートは寒けりゃ使うし、「そうか」という言葉だって日頃多用している私からしたら、「わからない」というほかなかった。
私の感覚は、先生や模範的な回答からしたら、間違っていたみたいだ。
やっぱりこういう些細なことにいちいち疑問を持ってしまうから、私に学校という社会は向いていないのかしら〜と思いながら、事務の方とお話しした際に「かがみよかがみというサイトでエッセイを書いています」という、ある種の「宣伝」をチラとして学校を去った。

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その後桜が舞う新宿に身を移し、「女性たちに力を与え、多様性を認め、ファッション業界に革新を与えたから」という理由で憧れているイヴ・サンローランへと足を運んだ。
店内は黒で統一されており、シックで整った空間だった。
25歳にして初めて、1人でハイブランドのバッグを買うという、既に活躍している社会人の女性達からしたら「当たり前じゃん」と思われてしまいそうな、私からしたらめちゃくちゃ背伸びした行動をした。
まあ、無職にハイブランドを買う権利があるのかorないのかという人類が大好きな善と悪の2択問題はさておき、きちんと大切に貯金してきたお金だ。

やさしい店員さん達に上記の「わたしがイヴ・サンローランが好きな理由」を聞いてもらったら、「ぜひ映画観てください。刺激的ですけどね」とおすすめを頂いた。私も観るのであなたも一緒に観てほしい。あと、なぜか「まともな職歴ないんですよ」という意味のない暴露までしてしまい、己を恥じる。
「17万円以内でお願いします」というハイブラ客の中ではきっと選りすぐりにチンケな価格提示の私に、寄り添って商品を選んでくださった店員さんに画面の前で拍手を!
商品を準備してもらっている間に缶に入った水を2本いただいた。イヴ・サンローランの店舗で飲む水は、まるで聖水のようだった。感謝しかない。その後にトレンチコートを試着させてもらい、ご満悦な笑みを浮かべたまま店舗を後にした。

世界はスペクトラムの中にあるんだから、「わからない」という自分の答えに自信を持ってもいいのかもしれないな、と思ったり思わなかったりした。