わたしの今の仕事は電車の乗務員だ。
恐らく世の中に同業の人、かつ女性はそんなに存在していないので、名乗ると大抵驚かれる。
一旦みんな「すごいね!」と言ってくれる。その次には決まって「電車が好きなの?」と若干怪訝そうな表情をされる。
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あんな鉄の塊には正直何の興味もない。多くの人が働く一般的なオフィスがわたしの場合鉄でできていて、行ったり来たり移動しているだけだ。
なので、その日しか会わなさそうな人には自分の仕事は名乗っていない。なんなら5年くらい通っている美容師さんにすら言っていない。わたしが小出しにした情報は営業の仕事、夜勤ありの2つなので、怪しい仕事をしている謎の女になってしまっている。今更言い出せなくて、でも変なやつだと思われたくないので、大人しく、感謝の言葉を忘れずに、髪を切ってもらっている。
でも、わたしはなんやかんやでこの仕事が好きだ。そして続けたい気持ちもある。
なぜならこの先には、乗務員を経験できたからこそできる次の仕事があるからだ。
ただしそれは、乗務員を続けた場合に限る。
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今までこの仕事をしている同性の先輩をたくさん見てきたが、気づいたらほとんどいなくなっていた。みんな電車に乗らない、一般的なオフィスで働いている。気づいたら現場で働く年長の女になりそうだった。
理由は簡単で、わたしの数個上の先輩たちはみんな結婚、妊娠を経験しているからだ。乗務員は妊娠がわかったらすぐに乗務をやめないといけない決まりがある。体調、また生まれてくる命が最優先。当然のことだ。
この仕事は拘束時間も長く出勤時間もバラバラで、荷物は多く体力勝負で、いろんな場所に行かなくてはいけないので私生活のトラブルにはほぼ対応できない。
なので、同業の女性は一定の年齢のラインからいなくなってしまうのだ。
かつてこの仕事をする前は、ぼんやりと、わたしもいつかは結婚して子どもを産んで、オフィスで働くんだな、と思っていた。
でも実際にやってみると、どっしりと地に足ついたオフィスはなんか違うと思った。わたしには移動するオフィスの方が合っているし、この道をもっと知りたい!と思った。
それと同時に、結婚と子どもを望む気持ちもある。いくら医療が進歩していても、妊娠をいつまでも先延ばしにするのは怖いし、早く愛する人との子に会いたい。
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もし、子どもができたらわたしはこの仕事はできない。妊娠、出産、産休と、この先1人の命を育てるために、また自分が回復するために数年はかかるだろう。その時、またこの仕事に戻れるのだろうか。
しかも、この先にやってみたい仕事は長期の研修が伴う仕事で単身赴任をする必要がある。それに給料も上がる。でもそうなったら、子どもにはいつ会えるのかわからない。最悪諦めないと行けないかもしれない。結婚相手、両方の親は理解してくれるのだろうか。
今の職場は年上の男性も多く、乗務員を続けている数少ない独身の女性の先輩について、陰でとやかく言っているのも聞いてしまったことがある。わたしもそう言われるのだろうか。
答えが出ない問題に、毎日気持ちも行ったり来たりし始めた。上り列車では子どもが欲しい、下り列車ではキャリアが欲しい。ホームで子ども連れの家族が並んでいるのをぼーっと眺めていた。街中の人がどんな仕事をしているのか気になってしまう。わたしのオフィスも地に足がついていたら、あんなふうに家族ができていたのだろうか?
女だからというだけで、どちらか諦める必要を強いられることにひたすらモヤモヤを抱えていた。
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上司にこの気持ちを相談しても会社は何も変わらない。会社はわたしの存在には気付かず営業している。そんな体制に腹が立つし、そうは言っても体のことは変えられない。女であることが、今更ここで壁になるとは思っていなかった。
今のところ自分の気持ちに整理はついていないし、会社の状況も変わっていない。体のことが一番大事だけど、キャリアを諦めないことも、子どもを諦めないことも、どちらも自己実現だから。
いつかはもしかしたら決断しなければならないのかもしれないが、わたしは全部手に入れたい。仕事もパートナーも子どもも、全員わたしのそばにいて欲しい。全部ひっくるめてわたしの人生だ。この先どうなるか全くわからないけど、全力で生きてみたい。もっと大人になってから振り返って、今のわたしに「ありがとう」を言えるように。