人生で初めてラブホに誘われた。しかもかなり下手くそに。
その人は茶道で知り合った4つ上の男性だった。お堅いお姉様方ばかりのお茶の世界でその人はほぼ唯一の同年代。なにかあった時の相談相手、茶道の話で盛り上がれる貴重な相手として仲良くしておきたいと思っていた。
だから、その人からご飯に誘われた時は仲良くなるチャンスだと純粋に嬉しかった。
いくつか探してみたんだけど、と送られてきたお店の数は16個。なんでも、土地勘のある知り合いに連絡して聞きまくったらしい。お稽古の時から思っていたけれど、やはり真面目で少し浮世離れした人だなとくすりと笑った。しかもそのうち6個は焼肉屋。よっぽど好きなんだろうなと忖度して、焼肉がいいですと言ったらオシャレな隠れ人気店を予約してくれた。
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お店では上座を譲ってくれるし、こちらが申し訳なくなるくらいお肉を率先して焼いてくれるし、グラスの空き具合を気にしてくれた。
私はまだお酒が飲めないからソフトドリンクだったけれど、その人は軽めのお酒を3杯ほど飲んでいた。2杯目あたりから目が充血して頭を抱えていたから強くないならもうその辺にしたらどうですかと言ったのに3杯目も頼んでちびちびやっていた。
それでもおかしなことは言わなかったし、手を出されることもなかった。
ちょっとおかしいと思ったのはお店を出てから。カラオケ行こうと言うので、家の遠いその人を心配して終電調べたらと言ったのに、大丈夫と言って聞かなかった。なんだか雲行きがあやしいなとは思ったけれど、悪い人ではないことは知っていたし、人通りの多い道にあるお店だからいざとなればどうとでも対処できると思った。
カラオケでは、明るい部屋で盛り上がる曲をいくつか歌った後、しんみりしたラブソングを選んで、電気を消して、見たことないほど大きな箱のミンティアを差し出してきた。
でも、警戒していたのに結局何もされなかった。私の自意識過剰だったかとよく分からなくなった。時間になって、お店を出た。終電を調べると案の定乗り過ごしている。
どう出るのかと思いつつ相手の出方をうかがっていると、5分ほどどうしようかとうじうじした後で、確信的な一言を言ったのだ。
「ラブホいっちゃう?」
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やっぱり言うんだとなんだか不器用すぎておかしかった。それでもやはりきちんと断らなければいけないので、嫌な顔をしてみると、私が何も言わないうちに引き下がって、帰りますかと言ってきた。
そんなにびくびくするなら誘わなければいいのに。なんだか憎めないやつだなと年上に失礼なことを思いながら、終電を逃した家の遠い先輩を残して1人、家路に着いた。
帰り道には、私が選ばなかった道を選んだのであろう人たちが意外にいた。岐路に立たされるまで全く気が付かなかったのに不思議なものだ。
私はあの日、先輩についていくことを選ばなかった。それは大人のルールとしてはよろしくないのかもしれないけれど、私にとっては、ドラマや映画でしか見たことのない場面に遭遇した貴重な経験の一つだった。
ただ、まだ私には早かったのかもしれない。不器用すぎる誘い方のせいかもしれないが、抱いた感想は、「大人って面倒臭い」だったから。