中学二年生の私が学校へ行くことを拒否したのは、理由があった。

「あやちゃん、そろそろ行かないと遅刻だよ」

私の部屋に入ってきた母が言い、ベッドにいた私は寝たりをして無視をした。

「……」

完全な沈黙が数秒間流れ、ドアが閉まる音がした。薄目を開けると、母が去って行ったことが分かった。妹や父が食べ終えた朝食の皿が洗われている音が、耳に入る。

その音を聴きながら私の記憶は、あの忌々しい事件が起きた昨晩の、塾の校舎へと入って行った。

◎          ◎ 

塾で授業の合間に、私は仲の良い男女四人で話していた。その中には「藤本くん」もいた。彼は色白でメガネをかけたハリーポッターのような青年で、端正な顔つきをしていた。

私は彼に淡い恋心を抱いていた。でも思春期の上に感情を素直に表現できない私は、いつも彼をからかってばかりいた。

あの時も私は、何か彼の気に障ることを言ったのだろう。グループ内で笑いが起きた直後に、彼は私へ言い放った。

「うるさい、おしり」

場の空気が凍り付いた。私も全身に稲妻が走ったような衝撃を受けた。

反射的に、真横にいた女友達に視線をうつした。彼女はさっと目を逸らした。それは何かを語るよりも雄弁に、彼女が裏切り者であることを物語っていた。

二日前に、私は初潮を迎えていた。それは運悪く、塾の授業中だった。

全ての授業を終えた後、女友達は私に「今日、生理?」と聞いてきた。私は驚いて目を上げた。「どうして分かったの?」と聞くと「血、ついてるから……」と言いにくそうに返された。

今思えば当たり前である。しかし性的なものを毛嫌いする厳格な両親に育てられた私は、生理についての知識が皆無だった。そのため「自ら生理の血は、自分にしか見えない」と思い込んでいたのだ。無知とは怖いものである。
彼女が私の母に連絡をして、車で迎えに来てもらい、帰路についた。母に「生理きたよ」と短く告げると母は「あら、そう」と言った。

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翌日の晩御飯は赤飯で、母なりに祝おうとしたのだろう。しかし私は、ばつの悪い思いをしていた。

まず、初潮を迎えたことを妹に知られたことが嫌だった。何より父が「娘の生理を祝って赤飯を食べる」という構図が、ひどくグロテスクに思えた。
そうして赤飯を胃に押し込んだ矢先に、塾での「おしり」事件である。意中の男子に醜態がばれたことに加えて、彼のことを好きだと知っていたはずの女友達に裏切られたことがショックだった。

翌朝には寝て起きたばかりなのに、ひどく疲れて、だるかった。女子中学生として人生を送るだけで、途方もない労力が必要な気がしていた。

ベッドの上で自己嫌悪に陥っていると、母親が部屋に入って来た。また慌てて目を閉じるが、どうやら私の狸寝入りは母に見破られていたようだ。母は声をかけてきた。

「ねえ、買い物に行かない?」

私は耳を疑った。教育熱心な母は、娘が学校や習い事を休むことは、絶対に許してこなかったからだ。母は続けた。

「学校には連絡しておいたから。準備しておいてね」

そう告げて、部屋を出て行った。

◎          ◎ 

しばらくして、私は車の助手席に乗り込んだ。母がカーナビで目的地を設定していて、それは県境のアウトレットだった。

道中では心地よい沈黙が流れていた。愛知の空は深い藍で、ほとんど秋の気配が漂っていた。田んぼからはカエルの鳴き声が聞こえる。車窓から景色を眺めるうちに、生理や藤本くんがどうでもよく思えてきた。

生理用のショーツの他に、汚れても目立たないようなパンツを購入して、家路についた。

翌朝、私の洋服ダンスに血で汚れたはずのパンツが入っていた。血はきれいに落ち、何事もなかったかのように畳まれていた。
過去の過ちは跡形もなく、消すことができる。だから適当に生きのびればいい。そんな教訓を、母は教えてくれた。