母は、幼稚園の先生になるのが夢だった。地元の高校を卒業後、幼稚園教諭免許が取れる短大に進学。無事免許を取得し、卒業した。

短大卒業後、母は地方銀行員になった。
卒業直前に「てんかん」を患い、幼稚園の先生を諦めたらしい。

てんかんを持つ人が幼稚園の先生になれるのかどうかは知らない。当時と今で違うかもしれないし、本当は先生になれたけど母が遠慮したのかもしれない。ただ当時の母の中では、そこで夢が終わったんだと思う。

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母が幼稚園の先生にどれだけの夢や希望を抱いていたかは分からない。どうしても叶えたくて、どうしても叶えられなくて、悔し涙で枕を濡らしながら翌日スーツを着て入社式に行ったのかもしれない。はたまた、「そうか幼稚園の先生は無理か〜じゃあ普通に就活しよ!」と受け止め、お父さん(母の父=わたしの祖父)が金融関係にいるからと、なんとなくで銀行を選んだのかもしれない。母の性格を鑑みると、おそらく後者だ。

ただ、その春に母が幼稚園の先生を諦めて銀行員になったから、わたしの両親は職場で出会い、わたしと妹を産んでくれた。母が持病を患わず幼稚園の先生になっていたら、母と父が新婚旅行でオーストラリアに行くことも、わたしと妹が仲良くディズニーに行くこともなかった。

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母はわたしを出産するときに銀行員を辞めた。わたしと妹に手がかからなくなってからは、自宅で書道教室を営んでいる。小学校低学年の生徒さんたちは、気分の乗っている時と乗っていない時で、作品の出来が全然違う。母は、小さい子のやる気を引き出すのが上手い。「今日お習字やだ」と言いながら教室に来た小学1年生がご機嫌に作品を書き上げた時は、「母の天職は幼稚園の先生だったんじゃないか」と苦しくなった。

母に「幼稚園の先生になりたかった?」と聞いたことはない。なりたかったと返されても叶えてあげることはできないし、自分が代わりに叶えるよ、とも言い切れない。きっと妹も同じ理由で、母にその質問をしたことはない。純粋に、マジ気まずいもん。

……と、ここまで綴ったところで、思い切って母に「てんかんにならなかったら幼稚園の先生になってた?」と聞いてみた。「もしかしたらなってないかも笑」と母。母は、わたしが何かに悩んでいるといつも「なるようになるんだよ」と言ってくる。昔は「適当だなあ」と思っていたけど、今は違う。本人が、なるようになったんだと思う。

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夢ってきっと、叶うことの方が少ない。母は幼稚園の先生にならなかったし、わたしは音楽大学を卒業しなかった。スポーツ栄養学を学びたかった妹はお花屋さんになったし、英文科で優秀だった父は銀行員になった。きっと夢を諦めなかった人の中でも、本当に叶えられる人なんてごく僅かだ。

でも確かに言えるのは、母が幼稚園の先生にならなかったから、わたしがここで文字を綴っているということ。母の夢もわたしの夢も叶っていないけど、母の夢が叶わなかったからわたしが夢を見れた。わたしが音楽大学を卒業しなかったから得られる何かが、未来のどこかにきっとある。