小さな命と一緒に暮らし始めて、もうすぐ一年になる。
額にある八の字がチャームポイントの彼女の体は大半が黒いのに、左の耳の先っぽだけ雪が降ったように白くてうっすらと地肌のピンク色と血管が透けている。私はそれを見るたびに、このふわふわなぬいぐるみのような姿にもちゃんと生命が宿っていることを実感した。私の膝の上で満月のように丸まって眠る彼女の、寝息に合わせて上下する体に、何度も安心させられた。

抱っこが大好きな彼女は、よく私たち人間にせがむ。後ろ足で立ち上がり、腕を精一杯私たちへと伸ばして声を上げる。早く抱き上げろと。彼女は、赤ちゃんみたいに仰向けで腕の中に納まる抱き方が好みで、してやると満足げにごろごろと喉を鳴らす。
そのとき私の腕にかかる重さはちょうど新生児一人くらい。それは私の出生体重と百g程しか変わらない。

彼女を抱いて、ゆらゆらと部屋の中を歩き回って、その重さに腕が疲れてきたのを感じると、私はよく母親のことを考える。母親と、母親の腕の中にすっぽりと納まっていたであろう自分のことを考える。

「赤ちゃんの私を抱っこするの、重くて大変だったのかな。
どれくらいの時間、私はお母さんに抱っこされてたのかな。
お母さんもこんなに、私のことが愛おしかったのかな」

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私はこの腕の中にいる小さな命が愛おしくて、愛おしすぎて泣いてしまうことがよくある。
人間たちの都合で、実の母親と一緒に過ごすことが叶わないのに、そのことを知ってか知らずか彼女は私を慕って、甘えてくれる。

彼女がしなやかな体を足に擦り付けてくるたびに、私は思った。彼女が幸せでありますように。今もこれから先も。ほんの少しでも多くの幸せが訪れますように。そんなことを考えていると、つい涙がにじんでしまう。

私は彼女に出会って、初めて愛おしくて泣くという経験をした。もしかしたら、私の母も似たような想いをしたことがあるかもしれない。
私が愛おしくて泣いた日があるのかもしれない。
だとしたら、私は今までなんて残酷な言葉を母に浴びせたことだろう。

先日ふと想像したのだ。

愛おしい彼女に「育ててくれなんて頼んでない」と言われるところを。彼女は私と同じ言葉を喋ることはできないけれど、色んな奇跡が重なって、そんなことを言われてしまったらどうしよう、と。
想像するだけで苦しくて悲しくて、本当に言われたら明日が危うくなってしまうかもしれないと思った。そして気づいた。その瞬間胸が冷たくなっていく。

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私は母に、そんな言葉をぶつけたことがあるじゃないか。どのような状況でなんと言ったのかは覚えていないけれど、口にしたことは確実に覚えている。言うか言わないか迷ったあの気持ち、言ってしまったあとの罪悪感と後悔。それらを味わった記憶が確かにあった。

あの時の母はこんな気持ちだったなんて、今まで想像したこともなかった。だってずっと平気な顔をしていたから。
母親が泣いたところを私は一度も見たことがない。悲しい顔をしているところも。だから勝手に、私の言葉や行動に振り回されることなんてない強い人だと思っていた。
けれどもしかしたら、そんなことなかったのかもしれない。私のことが愛おしくて、愛おしすぎて泣いた日が、私の言葉に傷ついて泣いた夜が、母親にもあったのかもしれない。

心の中で母への謝罪でいっぱいになる。
ごめんなさい、傷つけて、酷いことたくさん言って。でもわざとじゃなくて、本当でも嘘でもなくて。けど全部ごめんなさい。
そんな私に、彼女は今日も体を擦り付ける。しっぽを絡ませて、ごろごろと喉を鳴らしてくれる。愛おしい、愛おしすぎて涙が出る。ママ、ありがとう。ママ、ごめんね。