わたしは父が嫌いだった。
母とわたしと妹よりも、別の人を選んだ父が大嫌いだった。

父は仕事が忙しく、あまり家にいることがなかった。わたしと妹が寝てから帰ってきて、起きる前に仕事に出かけて行っていた。だから、あまり父との思い出はない。
最後に父に会ったのは、確か25年前だったと思う。離れて暮らすようになってから、1度だけ父と会った。確か、わたしと妹と父と3人で、ショッピングセンターに行ったと思う。

何をしたかまでは覚えていないが、母が嫌そうにわたしたちを待ち合わせ場所まで送っていったことは覚えている。それ以降、父に会うことはなかった。

父と別れシングルマザーになった母は、金銭面で苦労することが多かった。父は当てにならないし、20年以上前のことで、今よりひとり親家庭の補助もよくなかったと思う。

それでも母は、一生懸命働いてわたしと妹を育ててくれた。そんな母を、わたしは尊敬している。

◎          ◎ 

父のことは嫌いだったが、父方の祖父母のことは大好きだった。ずっと一緒に暮らしていたし、保育園に入園するまで面倒を見てくれていたのも祖父母だ。
母は、父と祖父母と暮らした街に行くことを拒絶していたが、わたしは社会人になり車を運転するようになってから、何度か祖父母に会いに帰っていた。突然行っても温かく受け入れてくれて、わたしは幼いころを思い出し懐かしい気持ちになった。

わたしが社会人になり、数年たったころ祖母から連絡が来た。祖父が亡くなったのだ。

そのとき、久しぶりに父と電話越しに話した。あんなに嫌いだったのに、父の声を聞いたら涙が出てきた。自分でも泣くなんて思ってもいなかったので、涙を止めようとしても止まらなかった。
色んな話をしたが、父の声が優しくて、大好きだったころの父の声で余計泣けてきた。

通夜に出て、父に会いたいと思った。結局、祖父の通夜に行けなかったが、落ち着いたころ祖母に会いお線香をあげた。

◎          ◎ 

話は現在に戻り、わたしの娘にも父親がいない。未婚で出産したので、娘は父親に会ったことがない。わたしと娘を大切に思ってくれる人ではなかったので、後ろめたい気持ちはない。

しかし、娘は父親がいないと知ってどう思うのだろうか?
「会いたい」と思うのだろうか?そのとき、わたしはどうするべきなのだろう。

このことで悩むたびに、娘にとって祖父になる父がいてくれたら、と何度も思った。そんなことを思ったところで、父がわたしに娘が産まれたことを知っているかは知らないが。

この先娘には、父親がいないと知っても母親だけということで、自分の進学先を諦めたり不便な思いはしてほしくない。わたしの母が一生懸命働いてくれたように、わたしも娘が目指す道をサポートしてあげたいと思っている。

◎          ◎ 

父を思い出すことが節目節目であるが、それはきっと父との思い出が、悪いものばかりではないからだと思う。温かい思い出もあって、何より父の顔がわたしのタイプなのも原因の1つだと思う。
よく言う「お父さんみたいな人と結婚する」とは思わないが、父のような顔立ちの人に会えば気になってしまうと思う。きっと今は、どこにでもいるおじさんになっていると思うが、いつまでも父の顔立ちはわたしの中で美化され続けている。

いつまでも、かっこよくて自慢の父でいて欲しかったと今でも思う。わたしから大好きな祖父母を奪い、大好きな街を離れなければいけなくなった原因を作った父が大嫌いだった。でも、父がいたからわたしが産まれ、わたしは娘を授かった。
親になった今、父には感謝している。いつか、孫に会って欲しい。いつか、一緒にお酒を飲みたい。父が、今までどう暮らしていたのか話をしたい。

大嫌いだけど、大好きなわたしの父。