わたしは父が好きだ。そして多分同じくらい、いやわたし以上に父はわたしのことが好きなんじゃないだろうか。そう思っている。
娘にとって父とは、あまり干渉してこない存在。だいたい身の回りのこと、家庭のことは母がやっているから母の方が身近な存在。そんな家庭が多いように見える。職場でも、「娘から嫌われてるんだよね〜」と悩んでいるお父さんが隣の席にいるので、きっとわたしみたいな娘は希少価値が高いのかもしれない。
そんな、一般的には珍しいとされるわたしの父に対する気持ちの根本には、一体何があるのだろうか。
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わたしの幼少期から父は、外資系の大企業の営業として働いていたため、本当に忙しそうだった。いわゆるブラック企業で、夜は帰ってくるのが遅く、土日は終わらない仕事を少しでも進めるために出勤していた。そのため、休みの日はずっと寝ていた記憶がある。
働いている今であればその大変さが身に染みて分かるのだけれど、当時は理解出来ていなかった。それゆえ、わたしは土日の朝早くからプリキュアを見るために、疲弊している父を叩き起し、さらには「お腹空いた!」と言って朝ごはんを作ってもらっていた。
父が作るご飯のレパートリーはほぼ麺類に限られていたけれど、その中でも頻度の高かったラーメンは美味しくて、今でも好き。野菜を中華鍋でしっかり炒めてからそこにスープや麺を入れて作る。そして、地元の北陸で有名な袋麺「チャンポンめん」で作るラーメンが父の味だった。
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そして学校に通い始めたころ。わたしが部活を始めれば、休日は部活の練習試合や大会をよく見に来てくれた。テニス、バスケと部活をしていたのだけど、それぞれわたしの相方やチームメンバーのことまでよく見て把握しているほどだった。
わたしの父は身長が180センチ以上あって大きい。多分170センチ近くあるわたしも、父の遺伝子を間違いなく引き継いでいると思う。そんな大きな父は目立っていたので、わたしの父は部活の仲間にも認識されていた。それがなんだか恥ずかしいような、ちょっと嬉しいような、複雑な感情だった朧げな記憶がある。
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ここまで振り返って、なんとなく思ったことがある。幼少期や学生の頃は、わたしにとって父とは、わたしのわがままをなんでも聞いてくれる存在だった。それと同時に、いつもわたしに関心を持ってくれていた。「わたしに関心をもってくれている」それが嬉しかったのだと思う。
わたしは長女で、なんでも自分でできるのは当たり前。ちゃんと勉強も自発的にやるし、いい子だったし、妹ほど手がかからなかった。だから、妹に行きがちな関心を、わたしに対してもちゃんと持っていてくれることが嬉しかった。
そして言葉ではなくて、日々のわたしに対する行動一つ一つに愛を感じていたのかもしれない。
当たり前すぎてその時は何も思っていなかったのだけど。
わたしが誕生日にあげた5本指ソックスを、穴が開くまでヘビロテしてくれているお父さん。実家で一緒にお酒を飲む時、少し嬉しそうなお父さん。お母さんとLINEをしていると「自分とはしてくれない」といじけるお父さん。プレゼントであげたビールを、わたしが実家に帰るまで大事にとっておいて一緒に飲んでくれるお父さん。
なんだか不器用だけどわかりやすい愛情表現。でも、逆にそれが良かったのかもしれない。
ストレートに伝えられるよりも、分かりやすいくらいの行動で伝えられる方が心地いいのかも。
わたしの夫もきっといつか、お父さんになる。こんなふうに、娘に好きだって言ってもらえるお父さんになったらいいな。