実家にはあいさつの習慣がなかった。とはいえ、小学校低学年の頃は、父親に寝る前のハグをしていた記憶ある。きっと、思春期とか反抗期とか、成長に伴いくなったのだろう。ハグはしなくていいけど、あいさつの習慣は残すべきだったと今は思う。今3姉妹が実家に帰ると、1人また1人のそのそ階下へ降りてきて、無言でよろよろ食卓に集まっている。朝食を前に、一応言っとかんとな、という感じでカッスカスのいただきますを絞り出すのだ。

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そんな朝を過ごしていた私は、上京して入居した学生寮で、おはようの代わりに「ラプンツェ~~~ル、髪の毛おろォしてェ~~~」と歌い舞うようになった。学生寮は3人1部屋の大部屋。寮生のなかでも目覚めがよい私たちは、朝起きた瞬間からトップスピードでボケ続ける。如何に相手の虚を突くかを考えていたので、iPhoneのアラームを止めた10秒後には、あいさつもそこそこにラプンツェルの母親のモノマネを繰り出してはハモるのがお決まりだった。

別に初日からジャングルのような暮らしをしていた訳ではい。対面してすぐに始まった共同生活。はじめは気を遣ってばかりで、毎日一緒にご飯を食べ、一緒に大浴場へ行き、「電気消すよ~」と一斉に眠っていた。
しかし3人とも人見知りをしていただけで、慣れてくればものすごい連帯を示すタイプだとすぐに判明する。大学で出会ったイケメンと電話すると聞けば、隣で息を殺して耳を澄ました。3人でシングルベッドに集まり、このまま寝られるかチャレンジしたことも1度や2度ではない(寝られなかった)。イケメンがどうやらクソ野郎だと判明したときには家に行くのを止めたし、それでも聞かなければ「もう楽しんできなよ!都合のいい女になって帰って来るの、楽しみにしてる!」とヤケになって追い出した。同期と朝まで人狼をして1人ずつ寝落ちすると、起きている人はネイルを持ち寄り小声でおしゃべりをするのだった。足の爪をオレンジに染めながら。

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「毎日が修学旅行」がずっと続くと思われたが、大学生活の充実と共に生活リズムも変化する。なかでも、まだ1年にも関わらず履修登録をうまく済ませた1人が、水曜日になんと全休を手に入れたというではないか。私たちが腹を立てる理由はひとつもないのだが、消灯後もスプラトゥーンに打ち込んだり、眠い目をこすりながら部屋を出る瞬間にゴロリと寝返りを打つ姿を見たりしたときには、羨ましさと恨めしさが胸いっぱいに広がる。

私はといえば、やりたいことに片っ端から手を出した結果、大学生活は随分と充実したものになった。24時頃の帰宅が増え、消灯寸前の食堂で1人でカレーをかき込む。この頃にはもう1日分のコミュニケーション能力も底を尽きてしまい、あんなにパラダイスだった環境も、帰ってまで愛想を振りまかないといけない苦痛なコンクリートジャングルへと変貌していた。

ゲラゲラ笑い合う時間が減ると、同時に相手に向ける視線が刺々しくなる。私は夜中に鳴り響くゲームコントローラーのカチャカチャ音を迷惑に思っていたし、彼女も掃除をしない私のことを不快に思っただろう。

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テスト期間が終わり長期休暇になると、生活に余裕ができた。喉元過ぎれば、というようにコミュニケーションの機会は増え、自ずと相手への小さな苛立ちもしぼんでいく。コミュニケーションが軽薄になり、相手の状況を思いやる材料が欠けるだけで、こんなにも冷たい視線を送ってしまうのだと知った。共同生活の礎を築いてくれた、はじめての東京生活だった。

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「家庭を持ったらあいさつの習慣をきちんとつけたい」なんて恋人にこぼしつつ、私は今でもあいさつをすっ飛ばしがちだ。まぶたを持ち上げて3秒で、「昨日の続きするよ…」とゲームに誘ってしまう。ああ、今日も大事なおはようが飛ばされる。それでも、初めての共同生活が笑いに溢れていて、本当に良かったと思うのだ。