「短い間でしたが、大変お世話になりました……」

その時に聞こえた拍手の音は今でも覚えている。
やばい、目がうるっとしてしまう。
そんなことを思いながら、みんなの前で頭を下げた。
ちょうど2年前、私は新卒で入った会社を、そして好きだった仕事を辞めた。

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新卒で入った会社の私が配属された部署は、とても忙しい所だった。
仕事の関係で、コロナ禍でも出勤は当たり前。リモートワークはできない仕事だったから、その当時は「リモートワーク?」ぐらいの認識だった。
最初の頃は色々な失敗を繰り返し、お客さんにも先輩にも怒られる日々もあった。
残業だって当たり前。定時通りに帰れたことなんて1年で多分両手で数えるくらいしかない。
それでも自分が思うように仕事が出来るようになって、嬉しいと感じることがたくさんあった。

社会的に意義がある分かりやすい仕事だったから、色々な人が辞めていっても、「自分が少しでもここを支えている」ということがモチベーションになっていた。
それにことにありがたいことに上司も少し期待してくれて、たくさんの仕事も任せてもらっていた。ひっきりなしに鳴る電話に、大量に届くメールと案件。毎日バタバタだったけど、とてもやりがいがあったのだ。
でもある時を境に私はその仕事を続けられるか、不安になった。
私が前の会社を辞めた理由は大きく分けて2つある。

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1つは自分に婦人科系のちょっとした病気を見つけたから。
治したくても治せない。体質だからずっと付き合って行くもの。相談したお医者さんからはそう言われた。別に命に関わる病気じゃない。
でも、それは私にとっては自分のキャリアを考え直す大きなきっかけになった。
今の病気が進行しすぎたら、自然に子供を持つことができない。
上手くいけば、様々な方法で子供を持つことは出来るけど、上手くいかなかったら?
私とパートナーの関係からしても「普通」に子供を持つのは難しいのに。

出産前の妊娠の準備だけでも、どれだけキャリアは中断される?
不妊治療を本格的に始めたいと思ったら?ホルモン治療は1回でどれくらい影響がある?
治療のためにはお金も必要なのに、例えば時短に切り替えたら私はちゃんと生きていけるのだろうか?
自分は先の見えない治療の中で、今の仕事をしながら耐えられるのだろうか?
たくさんの疑問に押しつぶされそうになった。
もし様々な重圧に耐えられなかったら、今頑張っている仕事が100%の力で出来なくなる。
好きな仕事だからこそ、そんなのは嫌だった。

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2つ目は、そのままの環境でいたらどんなに頑張っても、女性である自分はある程度の所で止まってしまうと何となく分かってしまったから。
全国転勤や海外転勤を問題なくこなせる人間が昇進する。加えて、やっぱ残業するのが正義とまでは言わないけど「偉い人」、そんな雰囲気があった。
入社当初から分かってはいたけど、病気とのバランスを考えるととても難しい道のりだと感じてしまった。

そして実際に家庭との両立を見越して、様々な選択をする女性の姿も見てきた。
全国転勤の総合職で時短勤務で頑張っていたけど、異動の瞬間に子供の預け先が見つからなくて、仕方なく欠勤になってしまうお母さん。海外転勤とも言われるほど優秀だったけど仕事と家庭の両立を考えて、最初から地域限定職に変えてしまうちょっと年上の女性の先輩。同期や単身で働いている女性はそれはそれで、時短のお母さんや派遣の方から仕事を引き継いで遅くまで働く。
「女性の中でも分断が生まれてしまう」なんてどこかで聞いた様な話が目の前に広がっている。

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もちろん個人の選択だから、家庭を持つことも子供を産むことも何も悪いことじゃない。
でも、残業以外で給料を上げようとすると必要になる、昇進や役職には簡単に辿り着けるわけではない。多数の女性が役職を持たない限り、組織に女性の声が反映されることは難しいのかもしれない。

一方で、上に上り詰めた方のほとんどは、やっぱり男性で家庭は奥さんに任せるスタンス。
出会った方は、みんな素晴らしくて優しい方だったけどどこか噛み合わない。

「年数も長く長時間働けば、いつかは報われるよ?今はないけど自分の時は土曜日も出勤してたし……」
「病気だったらほどほどに働くのが良いのでは?結婚する可能性があるとかならなおさら……」

キャリアについて思ってる不安を伝えようとすればするほど、心が離れて行く。
みんないい人達だし誰かが悪いわけじゃないけど……。
分かっていたけど、なんだろうこのモヤモヤは……。

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そんなこんなで私は私は大好きだった仕事を辞めた。
この時ほど自分の病気と性別を呪ったことはなかった。
社会の中で、思ったように働くことのできない、不安ばかりの未来を考えてしまう自分が不甲斐なかった。

「まさか20代でこんなことを思うなんて思ってなかったな……」これがその時の本音である。

でも病気になって分かったこともある。
人生は仕事だけではなくて、自分の健康と家族を含めた私生活も大事な要素なのだと。
そして仕事も私生活も両立できる環境を自分で見つける、あるいは作ることも。
やっぱり、両方全力投球でやりたいのは変わらない。

辞めた時の気持ちを言葉にするのに2年もかかったけど、辞めたことは失敗にしたくない。
まだ道半ばだけど、今は新しい職場でそれを目指して働いている。
いつかきっと納得できるキャリアを歩めますように。