「お荷物お持ちしましょうか?」
大きなキャリーバッグを持ったご老人。目の前は地下鉄への下り階段。気づけば声をかけていた。平日の東銀座駅。周りは慌ただしく歩くサラリーマンか観光客。私は暇だった。だから声をかけてみた。
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私の職場はカレンダー通りの休みが設定されている。だから平日に休むのは有給を取ったということになる。そう、この日ズル休みをしていた。仕事がつまらなく感じて私じゃなくてもできる仕事ばかりで、一度私が休んでみたら会社はどうなるんだろう。そんな興味や反抗したい気持ちがどこかにあって特に用もないし、体調不良でもないのに休んでみた。
そんなド平日の昼間。ふらふらと百貨店の催事場にきている私はとても暇だった。だからいつもより周りをよく見ていた。それで地下に続く階段の前で立ち止まっていたご老人に親切をしてみたくなった。
「銀座線に乗りたいんです…」突然話しかけた私を警戒しないでスッと返答をしてくれた。話を聞くと、エレベータのないこの階段をどう降りようか困っているのではなくて、ここを降りたら銀座線に乗れるかどうかを考えていたのだ。見た感じスマホで検索するような方ではなかった。
その不安そうなお顔を元気付けたくて「この階段降りたら乗れますよ!」そう明るく即答した私。都会の地下はよく迷路のように繋がっているから、一旦降りてしまえばきっと辿り着くはずだ。
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お荷物を持ってあげて一緒に階段を降りた。そして気が付く。東銀座駅には銀座線は通っていない。地下道で他の路線にも行けなかった。私は余計なおせっかいでご老人を無意味な階段を降りさせてしまった。
自信満々に道案内と荷物持ちをする自分に酔っていたけど本当は銀座なんて詳しくない。数回しかきたことない。だから「東銀座」という名前から銀座線が通っている駅だろうとはやとちりしてしまっていた。私もこの日来る時に東銀座駅を使っていたが何線に乗っているかなんて全く興味がなかった。スマホのいう通りに画面を見ながら乗り換えをしてやってきた。
改札の前で冷や汗が出る。「すみません…。銀座線に乗るにはこの駅からはできなくて…一駅先の銀座駅で乗り換えが必要なんです…。階段を降りずに地上を歩いてそちらの駅にいくべきでした」素直に謝った。でもご老人は嫌な顔せず「そうですか。なるべく歩きたくないんでね、全然構いませんよ」そう言って切符の自動販売機に向かった。
せめて何円の切符を買えばいいかだけでも正確に教えてあげようと思ってどこまで行きたいのかを伺った。「赤坂見附まで行きたくてね。今日は観光にきていて宿をそこに取っているんです」大きな荷物には旅の用意が詰まっていることを悟った。
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無事切符を買えたあと、私もちょうど帰宅するところだったのでせめてホームまで荷物を持って行ってあげようと思った。すると「あなたの切符は?」となんと私の運賃を払ってくれようとした。なんて優しい方なのだろう。
ただ、往復分の切符を手にしていた私は丁寧にお礼とともにお断りして一緒に改札を抜けた。「こっちの電車に乗ってくださいね。もう直ぐきます」と別れを告げるとご老人はポケットからお札や小銭をじゃらじゃらと出し始めた。お財布を持たない方なのだろう。「お金いっぱい持ってるんでね。お礼でも」と福沢諭吉と数百円を私に握らせようとしてくれた。
自分のエゴで始めた道案内。受け取ることはできなかった。「受け取れません…!!そのお金で東京観光楽しんでください!」そう言って私は反対側の電車に乗った。
つまらないと言って無心で電車に乗って毎日を過ごしていたけど、つまらなくしていたのは自分自身な気がした。ちょっと周りを見て、ちょっと気がついて、ちょっと声をかける。それだけでいつもの自分の生活が変わる気がした。帰りの電車はスマホを見るのをやめて周りの景色を楽しんでみた。