子どもができても仕事は続ける、と決めていた。
それがどういうことか、想像もせず。

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学生の頃から、私の憧れは「結婚や子育て」より「仕事での成功やキャリアアップ」に傾いていた。
社会人歴はいつしか10年。仕事は生きがいで、特にここ数年はチーフとして自分のチームを任され、忙しくも充実した毎日を送っている。

そんな私が、妊娠した。
早速、上司との面談で報告し、1年後くらいには職場復帰を希望することを話した。
「今のチームは別チーフに代わるとして、復帰後は新支店でチーフをやってもらうのもありかな」という上司の提案に、「はい」と返事をしそうになって、ハッと止まる。

育休は1年程度でも、子育ては1年では終わらなくない?

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私も夫も、帰宅が21時過ぎなんて毎週のこと。保育園は、何時まで預けられるのか。帰宅後だって、食事やお風呂がある。何時に子どもを寝かせられるのだろう。
職場にいる、2歳児のお父さん。よく「また子どもが熱を出して」と言っている。その度に「奥さんのためにも、早く帰ってあげてくださいね」と言葉をかけては、理解ある同僚のつもりになっていた。
お迎えに合わせて退勤して、子どもが体調を崩せば仕事を休んで。チーフの立場で、そう頻繁に可能だろうか。そして、それはいつまで続くのか。3年?5年?もっとかもしれない。

当たり前のことだが、いざ現実として迫ってくると愕然とする。産後1年程でこれまで通り、仕事に戻るつもり、だなんて。己の想像力の欠如が恥ずかしい。
上司には、復帰後いきなり新支店でのチーフは荷が重いと思います、と伝えざるを得なかった。

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思い描いた理想像から遠ざかる恐怖と、割り切れない気持ちを抱えて過ごす、妊娠初期。
産後数ヶ月で復帰を果たした芸能人を見て、「どうせベビーシッターとか頼んで、仕事場でも特別扱いなんでしょう?」と毒付く。
子どもを授かったことは心から嬉しいし、そこへの後悔は全くないと断言できる。だからこそ、幸せでなくてはいけないはずなのに、自身のキャリアばかり心配する自分が嫌だった。

転機は、つい先日。2ヶ月に及ぶつわりが去って、友人と食事をした。
公務員である彼女は、高校時代からの大事な友人。お互い職場で中堅的なポジションになってくる中で、悩みや愚痴を共有できる貴重な存在だ。
そんな彼女が、「資格の勉強を始めた」という。
今の時代、システムも制度も法律も、日々知識をアップデートしないとついていけないのは、企業勤めも公務員も同じ。「新しいことを覚える気のない人も、他人の知識にタダのりする奴が許せないって人もいるよ」と彼女がこぼす。

とはいえ、と話を聞きながら私は考えた。仕事で使う知識は増やすに越したことはないにせよ、公務員でリストラも倒産もないのに、プライベートで資格の勉強かぁ、と。
だが彼女は、「この先、離職することもあるかもしれないし、しなくても今の仕事に活かせる知識もあるから」と、極めて前向きだった。
「人生について、いろいろ考えちゃって」なんて言いながら、同じく人生に悩み中でも、私とはずいぶん違った印象である。

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手を振って別れた帰り道、仕事帰りの人々をぼんやり眺めながら、ずっと彼女のことを考えていた。
好奇心旺盛でセンスもあり、いろいろなことができる彼女。いつだったか私が、必死で作ったポスターの配色を酷評されたと嘆いていたら、私物の配色見本帳が出てきて、その場で手直ししてくれたこともあった。
あぁ、そうだ。多才な彼女がいつも羨ましかったけれど、彼女はデザイナーじゃなくても見本帳を自分で購入し、研修会なんてなくても自ら必要なツールを揃えて勉強する人なのだ。
インフルエンサーでも、キャリアコンサルタントでもなく、彼女の話だからこそ、ストンと落ちてくるものがあった。

私も、キャリアの中断を憂い、芸能人に嫉妬するより、できることがあるのではないか。

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もし新しいチームに入るなら、今と違ってテレワークができないか交渉してみよう。
思い切って非常勤スタッフになって、自宅で副業をするのもいいかもしれない。
どうしても折り合いがつかなかったら、転職したって良いのだ。
「職場復帰」という言葉に、何となく同じ仕事、働き方に戻らなければいけないイメージを持っていたが、別にそうでもないような。そんな気がしてきた。

スマートフォンを脇に置いて、起動したパソコンの音は、心なしかいつもより軽い。
願わくば、これから産まれてくる子どもと一緒に、新しい私にも出会えますように。