ケチャップライスは完全栄養食。
お肉を炒めて、野菜を入れて、米を加える。ケチャップで味付けして出来上がり。
ある程度見栄えもするので、1品だけでもわが子からクレームが入ることはない。
そんな訳で、わが家の食卓によくのぼるメニューの一つだ。

◎          ◎ 

ちなみに同じ理由でチャーハンもよく作る。
とにもかくにも働く母には時間が足りないので、素早く作れて栄養バランスのとれた食事は重宝する。
仕事をして、こどもを保育園に迎えにいき、家についてからが1日のうちで1番忙しい。
洗濯機を回して、お風呂を済ませて、夕飯を作って食事をし、食器を洗って、洗濯物を干して、こどもに絵本を読み、歯磨きをさせて寝かせる。
この間わずか3時間。
これを毎日くりかえす。
できるだけ手間や時間は少なく済むメニューが、本当にありがたいのだ。

◎          ◎ 

そんな私が、長年勤めた仕事を退職し、キャリアブレイク期間に入った。
詳しい退職理由は省くけれども、ひと言で言えば、時計の針をまき直したかった。

学生時代は、のんびり過ごすのが好きだった。
けれどもこどもが生まれてからの自分といったら!
常に時間に追われていて、こどもにかける言葉も、「急いで」「早くしなさい」、行動を急かす言葉ばかり。そして食卓には、ケチャップライス。
どんなに美味しくても、狂ったように早く回る時計の象徴かと思うと嫌になる。

キャリアブレイク期間に入って、1週間ほどたったとき、私はまた何気なくケチャップライスを作っていた。
メニューを質問してきた子の反応も「ふーん」。無感動。可もなく不可もない。
けれどその日は、ふと思いついて、卵をのせてオムライスにする?と提案してみた。

その後の、こどもの目の輝きといったら!
瞳に、一瞬で魔法がかかっていた。

「オムライスにして!」

◎          ◎ 

ママが卵を焼く時間を捻出できるようにと、自分から洗濯物まで畳んで片付けてくれた。
良い子すぎて泣くかと思った。

フライパンにバターを落として、溶き卵を流し、3mmの厚さのふわふわ卵を焼いたら、ケチャップライスにのせる。これを3回繰り返せば、3人分のオムライスが完成。
おまけにこどもの名前をケチャップで書いたら、写真を撮ってくれとせがまれた。
そんなに、そんなにも嬉しいのかと、逆にこっちが感動した。

オムライスは、ケチャップライスに卵を焼いて乗せるだけ。
でもこの一手間が、働く母には遠いと感じる。
まず、その分の時間が必要だし、そこに手間をかける心の余裕もないといけない。
買い物に行けていないと、冷蔵庫内の卵の数にも余裕がないし。
物価の上昇を思えば、経済的な余裕も考えないと。

別になくても可も不可もない、その3mmのふわふわを焼いて乗せるかどうか。
少なくとも、退職前の私にはできなかった。
オムライスを作ったのは、たぶん1年ぶりくらいで、ずいぶん久しぶりだった。

◎          ◎ 

こどもの喜びようを見て、ここ数年の自分の余裕のなさに改めて気づかされた。
いま、少しずつゆっくりした生活を取り戻そうとしていて、それは「キャリア」という価値観からは遠ざかってしまうという先入観もある。
でもこどもの目の輝きを見れば、確かにそこに豊かさがあって、今の自分に必要なものだと感じている。

いつか「ふーん」と言われるくらい、これからはオムライスを作ろう。
そして、食べるたびに、時間に追われて忙しかった日々を思い出したい。
これからは、卵の厚さ分、3mm新しい私。いただきます。