初めてのゲームボーイを買いに行ったおもちゃ屋さん。「自分たちが欲しいのだから自分たちで呼んできなさい」ゲーム反対派だった母は、小学校3年生の私と2歳下の弟に店員さんを呼びに行かせた。私と弟は、店員さんに話しかける勇気が出なくて、お店の中を何分も、ずっと、ぐるぐるぐるぐるしていた。
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それから20年以上が経ち、大人になった私は、店員さんに話しかけることができるようになった。「これが欲しいです」「◯◯はどこにありますか」だけでなく、オススメのメニューだって聞けちゃう。だけど、未だに苦手なことがある。
街中でばったり会った知り合い、出退勤時のエレベーターでたまたま一緒になった同僚。顔見知り以上友達未満の人に自分から話しかけるのが苦手だ。挨拶をして、その後の話題を続けられない。
「買い物ですか」とか、「連休何するんですか」とか、少しでもパーソナルな情報に触れるような質問をするのが「失礼に当たるのではないか」と気にしてしまうのだ。それに、自分が質問をして返ってきた答えにうまく返答する自信がないのだ。客と店員という関係性での会話のパターンは数個しかないけれど、雑談のパターンは無数にあって、私はまだ、そのパターンをほとんど習得できていない。「ゲームボーイください」と店員さんに言えなかった子供の頃と同じように、自分から話しかける勇気が出ないのだ。
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ところでここ最近、職場の雰囲気が以前より悪くなった気がする。若手は若手だけでかたまり、年配者は年配者だけでかたまる。心なしか世代間にギスギスとした空気が流れ、仕事上のやり取りにも固さがある。以前のように若手が気軽に質問できるような雰囲気ではなくなってしまった。コロナ禍で一緒にランチに行く機会や飲みに行く機会が減ったからだろうか。雑談が足りていないのだろうか。
これまでの会社員人生、自分から雑談を始められなくても全く問題がなかった。若手の内は気にかけてもらいやすくて、話しかけてもらいやすい。話しかけてもらえさえすれば、どんな質問にだって答えるし、こちらからも質問する。会話のラリーが続けられる。しかし30代ともなると、会社では中堅の域に一歩足を踏み入れている。自分より若い人も増えてきたし、新しい人を何人も職場に迎えた。
そして、自分に雑談を振ってくれて、職場の空気を柔らかくしてくれていた先輩たちを何人も送り出した。人が入れ替わって、職場の雰囲気が悪くなったように感じて、そして気がついた。もしかして、自分のような中堅が、先輩たちがしてくれていたような役割を果たさなければならないのではないか、と。これまでのような受け身の姿勢ではダメなのではないか、と。
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とはいえ、元来自分から話しかけるのが苦手な私だ。すれ違いざまに「外すごい暑いよ」とか、仕事中に「今の電話の人すごい珍しい苗字だった」とか話しかけて同僚とコミュニケーションをとっていくのはハードルが高い。
どんなシチュエーションでどんな話題なら話しかけやすいか。エレベーターで一緒になった時、天気の話題なら話を振りやすい。雑談パターンの手札も少ないから、いつも自分に話しかけてくれる人がどんな風に話を振ってくれるのか、観察もしよう。なるほど、そのタイミングなら「お昼何食べてきたの」って聞けばいいんだ。少しずつ少しずつ。これが最近、私が密かに挑戦していることである。
ちなみに、おもちゃ屋さんをぐるぐるぐるぐるしていた私と弟は、その後ちゃんと店員さんに話しかけることができて、無事にゲームボーイを買ってもらうことができた。