9年ぶりに社会保険適用で働くことができるようになるか。あるいは、ついに雇用保険をはずされてしまうのか。
前者ならば、出勤日数が増えて年収が上がる。そして農業や漁業の人が加入する第1号保険者から、会社員・公務員と同じ第2号保険者に変わる。よって、納める年金や健康保険料は減るにもかかわらず、病気やけがをしても傷病手当が受けられる。など、社会保障は手厚くなるのだが……。
後者だとしたら、雇用保険を抜けることにより、出勤日数が減り、年収が下がる。それだけでなく、解雇されたり、やむを得ない離職をした時にも、失業給付を1円も受給できない。また、「来月の出勤は3日間だけ」と言われたところで、雇用保険に加入していない以上、打つ手がないのである。
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どちらにしても私は今、人生の大きな分かれ道に差しかかっている。
今年10月1日、年金制度改正法により、従業員51人以上の事業所で、週に20時間以上働くパート・アルバイト従業員の社会保険加入が義務化される。私が現在籍をおいている会社は、いよいよ今秋から対象になるのだ。
私は現在、ある公立美術館の展示室監視員をしている。公の施設に違いないが、いわゆる会計年度任用職員(非正規公務員)ではなく、指定管理者に委託された業務委託・請負という立場だ。
この仕事をはじめたのは、今から11年前。新聞の折り込みちらしの求人欄を見て履歴書を送った。ホテルの一室でおこなわれた選考会は、新卒採用さながらの格調高さに驚いた。
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「美術館で働きたいということですが、あなたの卒業した大学でも学芸員免許は取得できますよね? 資格を持っていない理由を説明して下さい」
「指定管理者に求められている役割について、どう考えますか?」
など、とても時給800円(2013年当時)のパートタイマーの採用面接とは思いがたい厳しすぎる質問の連続にタジタジになった。最後に「質問はありますか」と訊かれ、おそるおそる「採用者は何人くらいでしょうか」と口にした。「若干名です。でも100人以上応募がありました。約半分は書類選考でふるいにかけました。けれど、まあ、厳しいと思って下さい」と言われ、言葉がなかった。
にもかかわらず、1週間後に簡易書留で入社書類が届いた。無事に社会保険適用の仕事にありつけた喜びは、決して小さくなかった。が、2年後にその会社は「指定管理者と話し合いを続けてきたが折り合いがつかない」と、あえなく撤退。
展示室監視員を続けるためには今の会社に転籍する以外の方法はなかった。時給と雇用保険については据え置きだったが、社会保険加入は認められず、出勤日数はマックスで16日に下がった。が、無職になることを思えばマシと思わなければ。
社会保険をはずされてから、あれからの9年間、働き方やお金について考えない日は、ただの1日もない。
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ある時は、労働法規の分厚い本に目を通し、またある時には、心理学関係の書籍を読み漁った。低所得者を救うセーフティーネットがないか調べ続けた。得た知識とみずから体験を重ね合わせ、新聞の読者欄に投稿したり、非正規雇用者の生活と現実を詠った連作短歌が短歌総合誌の新人賞の最終選考に残ったこともある。
とはいえ、法や制度を知れば知るほど、自分の置かれている現実に対して打つ手が何もないことを徹底して思い知らされる。かなり追いつめられたある日、職場の休憩室で同僚に何気なくそんな話をすると、「みんな、中年女の貧困には興味がないのよ。若い女性か、子どもならまだしも……」とため息まじりに返された。
一生懸命、就職氷河期の現状を訴え続けて来たが、私はどうやら透明人間だったようである。