お母さんが困ったように眉を下げて、私の体についた土を払う。田舎育ちの私は山や川で遊ぶ活発な子供だった。走り回ってはよく転んで、毎日泥だらけで遊びまわっていた。
もちろん擦り傷や打撲も多くて、お母さんをよく困らせた。「女の子なのに脚や顔に傷が残ったらどうするの! お嫁にもらってもらえないよ!」そう言う母からは、お転婆娘の将来を心配する色がありありと伝わって来て、私は唇を尖らせて黙った。
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夏休みも近い教室で、ホームルームまでの時間を近くの席の同級生と話して過ごす。高校のエアコンは集中制御されていて一定以下の温度にはならない。室内でも暑すぎて肌の上に汗が浮いてくる。
机に突っ伏して、机の冷たさを味わいながら腕を投げ出す。自転車通学の私の肌は日に焼けて机の色と近かった。「お前女なんだからさ、日焼け止めとか塗ったら?」突然同級生にそう言われた。「へっ?」脈絡がなくて不意を突かれた。「いや、女子ってそういうもんでしょ?」私は曖昧に笑って目を閉じた。
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大学3年になって就活を始めねばと焦る。学生用のメールアドレスには就活支援のメールが1日3通以上届く。全ては大学のキャリアセンターからのお知らせで、随分と熱心な就活支援を行っているようだった。
何をしたらいいのかも分からなかったので、とりあえず就活相談をしにキャリアセンターを訪ねに行った。有難いことにすぐに相談員の方が対応してくださり、就活相談が始まる。希望の業界や適正、自己分析の方法など一から丁寧に教えていただいた。
大満足で終わるかと思ったが一つの言葉に引っかかった。「女性ですから、産休や育休が充実しているかどうかという点も企業を選ぶ基準にされるといいと思います」なんだか頭が痛くて耳を覆うようにこめかみを押さえた。
誰も悪気なんてなかった。みんな良かれと思って、私に言葉を向けていた。それが分かっていたから、受け入れたくない言葉でも受け流して三猿のように反論しなかった。でも、本当はその言葉が嫌だった。
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お母さん、私も男の子たちと変わらないような遊びをしたいよ。もっと木登りや虫取りをしたいんだ。自分のやりたい事が出来ないなら、お嫁さんになりたくないよ。
高校の同級生、あの瞬間は驚いたけど後からイライラして来たわ。女子だからなんて理由で日焼け止めを塗ることを押し付けないでよ。日焼け止めって消費量多いのに安いわけではないし、自転車通学だから日焼けするのは仕方ないじゃん! なぜ当たり前のようにあなたの理想の女子像に私を押し込めるの? あなたの中で女子は一種類しかいないの? どうして女子フィルターを取っ払って私を評価してくれないの。
キャリア相談員さん、産休・育休はもちろん大事な福利厚生ですが、それは女性だけでなく男性も同じではありませんか? 私が細かすぎるだけですか?
女性はキャリアを考える上で妊娠・出産がネックになってくる。キャリア上での数年のブランクはその後のキャリアの重い足枷になる。女性は産まないという選択肢を選ばなければ、男性と同じようなキャリアを順調に積み上げていけないのだろうか? きっと男性は就活の段階でいつ自分のキャリアが打ち切りになるかなんて不安を抱えることがないのでしょうね。
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反論しなかったあの瞬間たちを悔しく思う。だから私はエッセイを書くし、リーダーとして前に立つことを選びたい。私と同じような経験をした事がある人が世界中のどこかに必ずいるはずだ。
彼女たちに伝えたい。モヤモヤするような言葉を向けられたとき、その瞬間は反論できないかもしれない。でもあなたのその違和感は、勘違いやどうにも出来ないからと忘れ去られるべき物ではない。
どうかその違和感を諦めずに取っておいて欲しい。世の中はこれからさらに変革していく。その中で違和感を問題視する視点を持つ人が多ければ多いほど大きな波を起こせるだろう。そして苦しみを抱える人たちを救えるだろう。