大学生の時、私は個別塾でアルバイトをしていた。担当科目は中学英語。一対一で授業をする形式。私は将来、教職に就こうとは特に考えていなかったけれど、人に教えることは何かしら自分にとってプラスになるだろうという思いでアルバイトを始めた。いざ、始めてみると、案外難しい。ほんの少し前に習った中学英語ですら忘れている点もちらほら。やはり、人に教えるのって難しいんだなと日々苦戦していた。
その塾では、スタッフ一人一人に名札があり、全員分の名札がスタッフルームにかけられていた。ある日、私はいつも通り、束になっている名札から、おもむろに自分の名札を探す。その時、ふと手が止まった。なにやら、見覚えのある名前の名札があった。そこにあったのは、なんと幼馴染のKの名札。私は驚きを隠せなかった。「Kって、あのKやんな?」と半信半疑になる。
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その日もいつも通り授業を終え、私は気になってKに連絡した。連絡先は知っているものの、いつからか全く連絡を取っていなかった。すると、まもなくKから返事が。やはり、あの名札はKのものだったのだ。まさかこんな形で再会するとは。
Kとは幼稚園から高校まで同じ。高校の頃は、私が文系、彼が理系でクラスの場所が離れていたというのもあり、あまり話していなかった。たまに廊下ですれ違っても会釈する程度。お互いに照れ臭かったのかもしれない。Kは幼い頃から自由人。私はそんなKが嫌いではなかった。
名札に気づいてから、アルバイト先でKと会うようになった。久しぶりにKに会った瞬間、私の体になにやら異変が起こった。なんだろう、この胸の熱くなる感じ。ドキドキする……。そう、Kに対する恋心が芽生えたのだ。子供の頃、あんなに自由人だったKがいつの間にか大人になって(お互い様)、中学生に勉強を教えるなんて……。その「変化」がまさに私の心を掴んだのだ。それ以来、アルバイト先でKに会うのが楽しみになった。「今日はKいるかな?」と胸をふくらませるように。
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ある時、私の誕生日祝いに、Kがご飯に連れて行ってくれることになった。お店はいたって普通のイタリアンレストラン。決して、ホテルビュッフェや高級レストランではないけれど、一緒に食事できることが何より楽しい。そもそも男性と二人きりでご飯に行くなんて、おそらく人生初だ。私はそんな楽しいひと時に酔いしれていた。誕生日当日ではなかったけれど、私にとって特別な一日となった。
しばらく時が流れ、就職活動が始まったと同時に、私はアルバイトから離れる形となっていった。必然的にKとアルバイト先で会うこともなくなり、次第に疎遠になってしまった。
社会人になってしばらく経った頃、Kに連絡してみた。アルバイトをしていた当時、Kは教職に就きたいと言っていた。大学も教育系の大学に通っていた。その後、Kはどうなったのだろうと気になった。しかし、Kは教職には就いていなかった。仕事で遠く離れた福岡にいるとのことだった。
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また、しばらくしてKに連絡しようと思い、Kの連絡先を探そうとスマホの画面をスクロールした時、ふいに私の指が止まった。Kのプロフィールには、子供と一緒に写っている写真が載っていた。私は一瞬固まった。「え?まさか、あのKが?」そんな思いだった。その後も、Kが自分の子供の存在をにおわせるような写真を載せていた。初めはKの子供の存在に対して半信半疑だったけれど、いつしか確信へと変わった。そうかKもそういう立場になったんだなと思った。
それを知った時、意外にもショックではなかった。確かに、大学生の時、Kのことが好きだった。けれど、告白までには至らなかった。それが私にとって、間違いではなかったと思う。Kとアルバイト先で出会った時、ご飯に連れて行ってもらった時、カラオケに行った時、「きゅん」としたのは事実。でも、それを持続させたいとは思わなかった。でも、あの一時的な「きゅん」は私にとって甘酸っぱい思い出。「きゅん」を求めて私は、また新たな恋を探しに出かける。