あの日、私は落ち込んでいた。

理由は思い出せない。ただ、家で閉じこもってこのまま一日が終わってしまうなんてどうしても嫌で、お気に入りの白いワンピースを着て、外へと一歩踏み出す。
どこへ向かうかは決めていなかったけど、いつも大学へ向かう時と同じ道を歩いて電車に乗った。

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中央線は休日だからかとても混みあっていて、周りの子はメイクをばっちりと決め、キラキラして見えた。私もその中に混じれたような気がして、少しだけ胸が躍った。気持ち華やぐまま路線図を眺め、私の目に留まったのは「吉祥寺」の文字。お洒落な街に一人で行くなんてしたことがなくて、駅の名前を見るだけで緊張する。でも、もうすぐ電車が到着してしまう。少し悩んだが、人に流されるまま、えいっとホームへ降り立った。
駅から出ると、恋人同士でデートしていたり、友人とショッピングしていたり、道行く人が楽しそうに見えた。私は駅から出てすぐ、左に歩き出した。細い路地にも関わらず、お洒落な人が沢山歩いている。胸が高鳴って、私もお洒落な人になれたような気がして、背筋が伸びた。

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少し歩いて、私はお店の前で立ち止まる。以前から調べていて、行ってみたかったカフェ。でも、一人でお店に入るなんて勇気が出なくて、いけなかった場所。すぐに中へ入れなくて、一度携帯電話に目を落とす。でも、行きたい。今なら、行ける。私は勇気を出してカフェの扉を開けた。
中に入ると、香ばしい香りが漂ってきた。カウンターでは別のお客さんのコーヒーを淹れていて、私は入り口で少し立ち止まってしまったが、店員がすぐに声をかけてくれた。お洒落なお店に緊張は似合わないと自分を戒め、ゆっくりと、そして静かにカフェラテをオーダーする。ふと、カウンターのガラスのショーケースに目を向けると、美味しそうなカヌレが置かれていた。買うか、買うまいか。今日の私はいつもと違う。

「カヌレを一つください」

初めてではないですよ、といった雰囲気で、伝えた。
注文を済ませると、席へと案内される。一人でカフェにいるだけで、大人になった気がした。

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少しすると、カフェラテとカヌレが一緒に届いた。まずはカフェラテから味わう。目を瞑って、鼻から息を吸う。淹れたてのコーヒーの香りとマイルドな味わいに、先ほどまでの緊張はなくなっていった。

続いて、カヌレ。ゆっくりと、口元に運ぶ。ふわふわもっちりとしたカヌレは、最近食べたどんなスイーツよりも高級で、どこか遠くの世界へ来たように思わせてくれた。
気が付いたらカヌレはなくなっていて、空いたお皿とカップがテーブルの上に残っている。カウンターにはテイクアウトのコーヒーや、お豆を買いに来たお客さんが並んでいて、お店はもう満席だ。
最後、テーブルの上を綺麗にして、「ご馳走様でした」と言って外へ出た。
お店から出ると外は天気が良く、太陽がとても眩しかった。朝感じていた嫌な気持ちも憂鬱も、カヌレと一緒にどこかへ行ってしまった。

それからというもの、私は嬉しいことがあった日も、悲しいことがあった日も、吉祥寺へ向かうようになった。あの日の私を元気付けてくれた場所は、今でも私のお気に入りの町としてあり続けている。