口論の末、恋人が家を出て行ってしまった。家と言ってもここは私の家で、恋人は出て行ったわけではなく自分の家に帰っただけだ。でも、少し前から恋人の仕事の都合で私の家で半同棲しているので、恋人が家を出て行ってしまった気分になった。一人で暮らす前提で借りたこの部屋で二人で暮らしていくのは双方ストレスが溜まる。距離を置いたほうが良いと自分の部屋へ帰って行った恋人は賢明なのだろう。私の気持ちが追いついていないだけだ。

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私は父親の影響で男の人が得意じゃない。男の人は怖いし嫌いだ。でもそんな私が距離が縮まっても気持ち悪くなく、好きなままでいられたのは、今の恋人が初めてだった。そのためか、私は恋人に対して、この人を逃したら次はないという危機感が強い。もう気持ち悪くない男の人は恋人以外にこの世にいないかもしれないという考えが強い。

それならばこの上ないくらいに恋人を大切にしたら良いのかもしれないが、私は自分も大切にしたい。父親に支配されて顔色を伺って生活していたようになりたくないので、嫌なことをされたら反発してしまう。これ以上傷つきたくないからなのだろうか、むしろ過剰なまで反発してしまい、その反発が度を過ぎて口論に発展してしまうことがある。私としては嫌なことをされたから嫌と伝えて抗議しているのだが、それが相手の嫌なことになってしまう時がある。

何らかのフラッシュバックを伴っているのか、なかなか制御が難しい上に、自分でも自分の言動や反応が理解しがたい。まるで別人になってしまったように感じる。私も反発している時の自分が好きではない。恋人を好きになった引き換えに、私は自分が嫌いな瞬間が増えた。元々、自分が好きではない方ではあるのだが。でもそんな自分を好きでいてほしいとか、愛してほしいとか恋人に思うのはお門違いも甚だしいと思う。

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かがみよかがみで採用されたエッセイを読んだ方からは、恋人について優しいとか、素敵と言われることがある。そんなの当たり前だ、だって良い話しか出していないのだから。それは恋人の名誉のためでもあり、私の精神衛生のためでもある。父親の影響はとどまることを知らず、父親がろくでもないおかげで、大抵の男の人はまともに見えてしまう。当たり前のことがとても優しく思えてしまう。恋人のことを本気で優しいと思っている一方で、違和感のある言動もある。

違和感エピソードを話した時、複数人に寄ってたかって別れろと言われて、パニックになってしまった。善意なだけにタチが悪い。正論が正義とは限らないし、人を傷つけることがある。できたらそうしているし、できないなりに事情や理由があるのだ。それから別れたらと言われるとパニックを起こすようになり、今ではそういう話題に限らず、些細なことでもパニックを起こすようになってしまった。むしろ今ではパニックを起こしてしまうことに困っている。こういった経緯でエッセイでは私が笑える範囲のエピソードしか出していない。

周りにどう言われようと、今はそのタイミングではないんじゃないと言われたことで救われた。しかし、元々いなかったはずの恋人なのに、いなくなることには怖さがある。恋人が先にそのタイミングになっちゃったらどうしようと不安になってしまって眠れない時もある。結局は自分の精神的な問題なのだ。

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唯一の希望は恋人を好きになったように、他の人も恋愛対象として好きになれるかもしれないということだ。今の恋人とうまく行かなくてもそこまで悲観的になることはない。恋人のことを好きになる前は自分は恋愛感情を持ち合わせていない、アロマンティックやアセクシャルなどのセクシャリティなのかと思っていたくらいだったのだ。

恋人とこれからどうなるかはわからないが、恋人を好きになったように、今の自分のことも好きになりたい。まずはそこからだと思う。